
江原啓之さん
「絶体絶」を切り抜けた先にあるのは「病み」。霊界から届いたキーワードとともに、2026年を幸せに生きる極意を江原啓之さんが教えてくれました。
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2025年「絶体絶命」から、2026年「病み」へ。そんな時代に心身ともに健康を守るためにすべきこととは?
私は毎年、霊界からもたらされたメッセージをお伝えしています。それは予言ではなく、あくまで一年の指針となるようなキーワード。ネガティブなワードならば注意喚起と解釈できます。霊界は何をどうしたらいいかなど、事細かに指示はしません。なぜなら私たちは霊界の操り人形ではなく、未来は何ひとつ決まっていないからです。
「そうなってはいけない」という注意喚起を踏まえ、自らで考え行動してこそ良き未来はつくられます。ところが多くの人はそれを忘れ、日々を過ごしてしまうようです。その結果、まるで「予言が当たった」と言いたくなるような、キーワード通りの状況にこれまではなっているのです。
2025年のメッセージは「絶体絶命」でした。米不足や物価高騰による食料難をはじめ、野生動物が人の生活圏に入り込むなど、生命の危機を感じる状況が深刻化。隣国との関係や不安定な世界情勢は混迷を極め、綱渡り状態となりました。個人的に「絶体絶命」を感じた人もいるでしょう。良き未来をつくるためにどう行動したのか、私たち一人ひとりが問われています。
2026年、霊界から届いたのは「病み」というワードです。新型コロナウイルスのような感染症やパンデミック、奇病や新たな病気の流行が懸念されます。体の病だけでなく、鬱など心の病の増加も考えられます。また自然界にも病みはあるでしょう。鳥インフルエンザといった動物の病はもちろんのこと、農作物に病が蔓延すれば、食料難はより深刻なものとなります。気候変動によって季節感すら失われている今、虫やカビによる新たな病が増えるかもしれません。私たち人間が生み出した化学物質によって、土壌や水の汚染も進んでいます。それは見方を変えれば、私たち自身が自然界を病んだ状態にしているのでは?
コンピューターウイルスによって機械まで病み、人々の考え方も病んでいると感じることがある時代です。とくにインターネット上には真偽不明な情報があふれ、何が正しい情報なのか、わからないことも。そのまま誤った情報を拡散してしまえば、病みを広げることにもなりかねません。自らを律する姿勢が重要になります。
理不尽な言動をハラスメントだと訴えることが可能な一方で、世の中全体がハラスメントを恐れて萎縮した状況になっています。つまり、世の中の「病み」は、私たち自身が病んでいることの映し出しだとは言えないでしょうか。
そこで、よく考えてみて。社会の「病み」が私たちを映し出したものならば、私たち自身が生き方や考え方を変えれば、良き未来は実現可能ではありませんか?
「病み」の反対は「健やか」です。一人ひとりが健やかに生きることを目指せば、病みに打ち勝つ未来をつくれるはずです。
自分は健やかかどうか、あなたの答えは?
あなたに質問です。
「健やかに生きていますか? あなたにとっての健やかとはどういうものですか?」
改めて尋ねられると、「健やか」を具体的に言えないことに気づくはずです。健やかな食べ物を食べることか、健やかな環境に身を置くことか、あるいは体そのものが健やかであることか。もちろん何が健やかなのかは、人それぞれです。だからこそ自分にとっての健やかがどういうことなのかをきちんと定義しておくことが大切なのです。
例えば今の時代はスマートフォンひとつでなんでも便利にできます。手間を省いて時短が叶ったはずなのに、むしろいろんなことに追われ、あれこれ欲張って、結局は誰もが忙しくしています。そんな余裕のない生活は、言い換えれば「雑な生活」です。それは健やかなのでしょうか。
改めて健やかかどうか自分に問うてみれば、己が病んでいるという現実に気づきます。「健やかです」と答えた人も要注意。残念ながら、病んでいる人ほど「病んでいない」と自分で思っているものだからです。当然、聞く耳を持たず修正もしません。しかし具体的に、定義をもって答えられないのであれば、「自分っておかしいかな」と気づけるはず。そこで初めて、考え、行動し始めます。どうしたらいいのか、必要な情報を自ら取りに行き、生き方が変わるのです。だから大事なのは、まず気づくことです。
私が危惧しているのは、健やかではない現状に気づいていながら「健やかでありたいと思わない」人たちです。病んでいることを言い訳にして「しょうがないでしょう?」と、開き直っていないでしょうか。たとえ病があっても、健やかさを目指すことはできます。心地よく幸せに生きることは可能なのです。人が一生にできることなど限られています。スピリチュアルな視点からすれば、せっかくたましいを成長させよう、幸せになろうとこの世に生まれたのに、言い訳や開き直りで人生を送り、幸せを逃しているのはもったいないと言うほかありません。
今の時代は、ふだんの会話からメールの書き方に至るまで相手に気を遣うなどコミュニケーションがとりにくい時代だといわれます。でもそれもまた、自分たちでそういう時代にしてしまったのです。どういうことかというと「個人的なことは聞かれたくない」「人付き合いは面倒くさい」と人との関わりを避け、「結婚しても義理の家族とは付き合いたくない」と核家族化を選んだ。それなのに「コミュニケーションがとりにくい」「孤独な時代になった」と文句を言っているのではありませんか? 乱暴な言い方ですが、自分で自分の首を絞めているのに被害者ぶっているだけではないでしょうか。
仕事でもプライベートでも、まったく人と関わらずに過ごすことはできません。そこで誰かにキツい言い方をされるなどショックを受ける場面があっても過剰に反応したり、逃げたりしないで。人は人でしか磨かれません。誰かとぶつかり合って、気づき、切磋琢磨していくのが人間なのです。むしろ何かに気づけるのは、幸いなこと。気づいてこそ、どう修正したらいいのかと考え、もがきながらも成長できるからです。傷つきたくないからと逃げても、きっとまた壁にぶつかります。壁を避け、逃げ続けてうまくいく人生などありません。傷つくことを過剰に恐れず「傷ついたからってなんだ!」とドンと構えていれば、病むことはありません。
病みに打ち勝つためのアクション
家を斎庭(ゆにわ)にしましょう
家が食べて寝るだけの場になっていませんか? 斎庭とは心が落ち着く清らかな聖域のことです。自分の家が斎庭なら、体も心も癒され健やかに過ごせます。好みの色やテイストでインテリアを揃えたり、お気に入りのグッズや愛する人の写真を飾ったりして、文化的な暮らしに整えてみて。
食事の大切さを再確認しましょう
生きる上で大事なのは衣食住。なかでも健やかになろうと考えたとき、真っ先に見直すのが食では? なるべく無農薬野菜を選ぶ、栄養バランスに気をつけたメニューにするなど、できることから始めて。温故知新で原点に返れば、自分で握ったおむすびがいちばんおいしいと気づくかもしれません。
自分の幸せを見つけましょう
幸せを求めることは健やかな生き方につながります。多様化が認められる時代ですから、幸せも人と同じでなくてかまいませんし、比べる必要はありません。言い方を変えれば、答えは自分のなかにしかないということ。自分にとって何が幸せかをとことん考え、追求しましょう。
Profile
江原啓之
えはら・ひろゆき スピリチュアリスト、オペラ歌手。1964年12月22日生まれ、東京都出身。一般財団法人日本スピリチュアリズム協会代表理事。吉備国際大学、九州医療科学大学客員教授。『お祓い箱 令和八年 御託宣付き』(マガジンハウス)が好評発売中。
anan 2478号(2026年1月7日発売)より





















