現実と曖昧な記憶を行き来する感覚を味わった現場は、新鮮で刺激的でした。
「バウスシアターは特に約束もしていないのに、行くと必ず誰か知り合いに会うような場所。自分が撮った自主映画を上映してもらうなど、素敵な思い出の積み重ねがあった劇場です。青山監督の最後の本であることも含めて自分に近い題材だったので、最初は他の人が演じたほうがいいのかなという想いもありました。それが、甫木元くんが直した台本を読むと青山さんの表現や想いを受け継ぎつつも作品として新しい形になっていて、要らぬ心配をしていたなと。今作は、劇場の外観が書き割りになっていたり、防空壕を掘ったら謎のトンネルに行き着くなど一見不思議な場面もありますが、現実と地続きだと思わせる説得力や、そうした表現だからこそ物語れるものを感じます。現実と曖昧な記憶を行き来するような感覚を味わい、人の記憶と記憶が繋がっていく瞬間を感じる現場は、新鮮で刺激的でした」
甫木元監督のことを尋ねると、「変な力みがなく、呼吸をするように誠実に映画を作ろうとしている魅力的な方。この映画に流れている温度感は、監督自身が持っている人間性が滲み出たもの」と笑顔を見せる。また、同世代の監督と仕事をすることの楽しみも感じているという。
「子役からやっているので、つい最近まで自分だけが子どもで大人の世界にいると思っていたんです。でも、今回のように同世代の監督とお仕事をさせてもらえることが増え、大人に接する時とは違う、いい形で砕けられる感覚があり、新しい気持ちで現場に立てる嬉しさがあります」
今作は、映画館というあらゆる人に開かれた場所を舞台に、希望に満ちた“あした”を描き出している。
「映画は、すでに撮り終えたものという意味で基本的に過去の媒体じゃないですか。でも、それを観ることで、“あした”の方に向いたり、希望を感じられることは素敵だと思います。映画は観た人にとって何かしらの栄養になり、映画に限らず表現ごとというのは、明日に繋がるものではないかと思っています」
また、染谷さんにとって映画館で作品を観ることは、「ご褒美感がある」体験なのだそう。
「歳を重ねて忙しなく日々を送る隙間に、“あ、今なら行ける”と観たい映画の時間がハマった瞬間は、たまらなく嬉しい(笑)。以前は当たり前にいた映画館という場所が特別感を増し、自分にとって価値が上がっていることは悪くないし、むしろ、そこに希望を見出してもいます」
PROFILE プロフィール

染谷将太さん
そめたに・しょうた 1992年9月3日生まれ、東京都出身。映画『ヒミズ』で国内外から注目を集め、近年は『違国日記』『はたらく細胞』などに出演。『すずめの戸締まり』をはじめ声優としても活躍。『爆弾』が今年公開予定。
INFORMATION インフォメーション

『BAUS 映画から船出した映画館』
1925年、吉祥寺に誕生した映画館「井の頭会館」が「バウスシアター」として閉館するまでの道のりと、時流に翻弄されながらも劇場を守り、娯楽を届けた人たちの物語。監督/甫木元空 出演/染谷将太、峯田和伸、夏帆ほか 3月21日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー。Ⓒ本田プロモーション BAUS/boid
写真・向後真孝 スタイリスト・林 道雄 ヘア&メイク・光野ひとみ インタビュー、文・重信 綾
anan2439号(2025年3月19日発売)より