監督業の面白さや難しさに一喜一憂している自分がいた。
「そもそも久住昌之さんの原作を谷口ジローさんが作画した漫画作品からテレビドラマ版が生まれた。それとは独立させて成立させたかったので“劇映画”としました。本当は当初いろいろな監督が頭に浮かぶ中、一度作品でご一緒したポン・ジュノ監督にオファーをしたのですが、お断りのお返事をいただいて。その瞬間に口をついて出たのが『じゃあ俺やろうかな』で。思いつきだったんですが、でもすぐにシノプシス(あらすじ)を書き旧知の映画プロデューサーに相談して、製作態勢に入って…全てが同時進行でした」
実は20代の頃、映画作りを断念した経緯があるという。
「裏手に回ることを封印して俳優業に専念してきたけど、演じながらも映画製作への想いは体に残っていたんです。今回、一から映画作りを経験したことで、表から見るのとは全然違う面白さや難しさに一喜一憂している自分がいて、これがやりたかったんだと改めて思いました」
ロケはフランスや韓国でも敢行され、韓国の俳優ユ・ジェミョンさんほか、自身が出演を熱望した俳優が揃った。
「幸いなことにドラマが好きだからいつか出たい、と言ってくれる方が多くて。ヒロインの内田(有紀)さんはドラマで店員さんとして登場するイメージがなかったのですが、今回は脚本の段階から、ぴったりの役だと思い、出演してほしいと手紙を書きました」
オープニングに流れる主題歌は、お互いに夢を追っていた学生時代にバイト先で知り合ってから40年以上の付き合いとなる、甲本ヒロトさん率いるザ・クロマニヨンズの「空腹と俺」。お馴染みのロックサウンドがまるで伏線のように、物語は遭難あり、不法入国ありといった、かつてないほどのハプニングが次々と巻き起こり、まさにロックな展開に!
「無謀なことでもなんでも、とにかくドラマティックに物語を揺さぶりたかったし、ラブストーリーはもちろん、ホームドラマやアクションアドベンチャー、ロードムービーの要素も入れたかった。そして根底には、ロックのような若々しさも絶対に必要でした。主題歌は昔、まだ仕事がなく腹の減っている僕らの時代の歌で、全部ぶち込んだ感じです。嵐の中でSUPをしたりと五郎を演じるのは確かに大変だったかもしれないけど、でも監督をやっている時は五郎のことは全く考えていなかったんですよね。そもそも身を粉にして苦しみもがく姿を見せないと、お客さんは感動しないと思っているから。今作はある老人から頼まれたスープを作るため、その材料を探し歩く旅ですが、出汁やスープを作るのって並々ならぬ努力の積み重ね。それが、この店は旨い、間違いない! という信頼や評価につながるとしたら映画作りも同じで、見えない努力を積み重ねることでしか成功しないと信じています。R指定はないけど“食べ物指定”が入っているんで、空腹で見ると、ある何かが食べたくなって途中で劇場を飛び出す可能性も…。覚悟して観てください(笑)」
PROFILE プロフィール
松重 豊さん
まつしげ・ゆたか 1963年1月19日生まれ、福岡県出身。近年の出演作に映画『Cloud クラウド』『正体』など。『劇映画 孤独のグルメ』では、自身初の監督・脚本(田口佳宏と共に)を務めた。’24年10月にエッセイ『たべるノヲト。』(小社刊)を刊行。
INFORMATION インフォメーション
『劇映画 孤独のグルメ』
かつての恋人の娘・千秋を訪ねたパリで千秋の祖父から「あるスープをもう一度飲みたい」と懇願され、食材集めの旅に出た井之頭五郎。訪れた先々で事件に遭遇する…。テレビ東京開局60周年特別企画。現在公開中。Ⓒ2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会