松橋裕一郎「これが本当の自分なんだ、という宣言のつもり」 “少年アヤ”が初めて本名でエッセイを発表

エンタメ
2025.01.09

松橋裕一郎『わたくしがYES』

“少年アヤ”として活動を続け、9冊目の著書にして初めて本名でエッセイ『わたくしがYES』を発表した松橋裕一郎さん。ピンクと朱色が交差し、ピースがニコリと笑いかけるかわいい本が完成した。

病に倒れた祖父の近くで家族と過ごした1か月間の記録。

「“少年アヤ”としてブログを始めたのは17年前。作家としてデビューしてからは、ちょうど10年が経ちました。私はいつも、書くことを通じて本当の自分に還る旅をしてきました。今回の『わたくしがYES』はその集大成というか、大きな節目のつもりで取り組みました。初めて少年アヤではなく松橋裕一郎という名前で出したのも、これが本当の自分なんだ、という宣言のつもりです」

祖父の病をきっかけに実家に戻ったある夏の1か月間。そこに織り込まれた多彩な時間の層が言葉によって姿を現すさまがなんともスリリングだ。たとえば父母の若い日々、たとえば世界で一番の宝物である妹が生まれた頃、たとえば祖父の隣でセーラームーンのゲーム機に挑んだ時間、祖母と二人でたこ焼きを作った夏の夕方、祖父の兄が戦時中に抱いた思い。いくつもの記憶と記録から家族の時間が立ち上げられ、緊密な繋がりが姿を現す。《わたし、ノンバイナリーだった。男でも、女でもない。そのまんなかにさえいない。(略)なにでもない。それでよいのなら、なにでもない自分がいい》という気づきは、自分だけではなく、家族ひとりひとりへの視線も変化させる。

「ジェンダーアイデンティティの混乱は、私にとって当たり前にあるものでした。つねに混乱や迷い、不安のためにエネルギーを使っている状態だったんです。でもある時点でノンバイナリーを自認し、受容するようになってから、いままで自分だけに使っていたエネルギーを自分以外にも使えるようになりました。それによって、他者との関わり方や、見え方、過去の受け止め方も変わっていったんです。同時に、書くことの意味も変化していきました。いままでは私という単位で文章を書き、自分のためだけに文章を書いてきたつもりでしたが、本作では、それにとどまらない広がりを感じていただけると思います。私のため、を突き詰めていったらみんなの顔が見えてきたような感じです。ぜひデビュー作から連なる、大きなひとつの物語として読んでいただけたら幸いです」

PROFILE プロフィール

松橋裕一郎

まつはし・ゆういちろう 1989年生まれ。著書に『尼のような子』『焦心日記』『果てしのない世界め』『ぼくは本当にいるのさ』『なまものを生きる』『ぼくの宝ばこ』『うまのこと』などがある。

INFORMATION インフォメーション

松橋裕一郎『わたくしがYES』

家族に向き合うことは時と歴史を見つめること。コロナ禍のひと時、祖父母と父母と妹夫婦、いくつもの命に向き合った書き下ろしエッセイ。rn press 2200円

写真・中島慶子 インタビュー、文・鳥澤 光

anan 2429号(2025年1月8日発売)より

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