TikTok発のアーティストとしてZ世代の注目を集める乃紫さん。作詞・作曲・編曲・歌唱・アートワークに至るまでをセルフプロデュースする新世代のシンガーソングライターである。そんな彼女が音楽を始めたのは大学生のときだった。
「大学3年の夏休みにノートパソコンに入っていた作曲ソフトと、中古で買ったキーボードで音楽を作り始めました。その少し前から、YOASOBIさんやVaundyさんがYouTubeから世界に音楽を発信していて、自分もやってみようと。そのとき既にTikTokの波が来ていたので、ショート動画を投稿するための曲作りをしました。YouTubeより短い動画で評価される、時代の変わり目を感じていました」
ターニングポイントになったのは、2023年にデモ音源を投稿した「全方向美少女」だった。
「みんなに自撮りで撮影してもらえるような歌詞やリズムにしたので、それを汲み取って多くの方に投稿してもらえたことはラッキーでしたね。TikTokは誰かの投稿を誰かが真似して連鎖していくので、動画が使われ始めて10件、20件くらいのときにはそれをリツイートしたり、インスタに載せて『こんなふうに撮ってね』という提示を積極的にしています」
乃紫さんはTikTokで曲を広めてもらうためにUGC(一般ユーザーによって制作されるコンテンツ)を意識した曲作りをしているという。
「ここ最近では楽曲提供やタイアップのお話をいただくときにも、UGCを意識した曲作りが前提になってきています。例えば自分のアカウントだけで動画が100万回再生されたとしても、あまり大きな反響にはならなくて。それより10万回再生の動画を多くのユーザーが作ってくれたほうが大きな拡散になります。TikTokユーザーの多くはクリエイターでもあるので、ショート動画に落とし込みやすい曲作りをすることが今の時代に合っていると思います」
「全方向美少女」はTikTokで総再生数19億回を記録し、TikTok上半期トレンド大賞2024ミュージック部門賞を受賞した。バズを生み出す音楽制作とはどういうものなのか。
「投稿した動画が伸びないと感じたら、その度に少しずつ変えるABテストで検証します。動画の素材を少し変えるだけで全然違う反応が来たり、わかりやすい動画になったりするので、大事なのは俯瞰することです。クリエイターやデザイナーあるあるだと思うんですけど、自分の世界に入り込みすぎると、多くの人に届きにくくなるんです。自分の世界観をぶつけるのがアートで、それをわかりやすくするのがデザインだとしたら、令和の音楽はどんどんデザイン寄りになっていると思います。でも乃紫というアーティストのファンを獲得するためには、自分のアートの部分も見せていかなきゃいけない。なので私にとってTikTokは入り口として、わかりやすいデザインを提供する場所だと考えています」
乃紫さんはみんなが楽しめるポップな曲を生み出す一方で、自らのメッセージをしっかりと伝えるアーティスティックな一面も持っている音楽家だと思う。でも「今はまだ出せない」と言う。
「もちろん自分の出したい曲を出すことが理想です。レコードからCD、そしてYouTubeやTikTokに時代は変わっても、今まで私たちが見てきたアーティストは、みんな自分が表現したい音楽をやってきたと思うので。だけど私としては、謙虚に音楽活動をしているつもり。そもそもみんな私に興味はないと思っているし、だからこそみんなが興味ありそうなことを提供して、いつか私に興味を持ってもらえたら、自分が歌いたいことを歌いたいなと。こんなふうに言うとネガティブに聞こえるかもしれないけど、それが俯瞰するということです。『みんな私に興味あるでしょ?』と思って作ったら、相当つまんない曲になるんじゃないかな(笑)」
今の時代に合ったクリエイティビティで大きな飛躍を果たした乃紫さん。2024年に特に印象的だった経験はライブという。
「これまでは部屋でパソコンに向かって音楽を作っていた私が、ライブでお客さんを目の前にして演奏を届けることができました。その音楽体験はネット上でのバズとはまた違った楽しさがありましたね。また観たいと思ってくださった方はどんどんライブに来てほしいな! と思っています」
PROFILE プロフィール
乃紫さん
のあ 2023年から本格的に音楽活動を開始し、オリジナル楽曲の投稿がTikTokでミリオン再生を連発。公開中の映画『うちの弟どもがすみません』の主題歌「恋の8秒ルール」を書き下ろした。’25年4月には、4都市を巡る「乃紫 Zepp Tour 2025」が開催される。