素敵な先輩女性をお招きし、お話を伺う「乙女談義」。5月のゲストは、明るい笑顔が印象的な、ジュディ・オングさん。つらいこと、悲しいことは心に残さないようにし、常に明日を見ている、そんな姿勢が素敵です。第3回目をお届けします。
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ダメージの大きい第二の矢に注意して。

14歳のときに、初めて主役のお話をいただきました。でも「芸名を日本の名前に変えてくれ」と言われ、帰りの車で母に「私はこのジュディ・オングという名前でやっていきたい」と伝えたら、「ママもそう思う」と。結果、役はいただけなかった。そのとき、いつかこの名前で時代劇をやるという目標が私の中に生まれました。もちろん本当は悲しかったんだと思います。ただその悲しさを憂い続けることは、私はしたくなかったんです。

災いが起きたとき、まず“○○が起こった”という〈第一の矢〉が刺さる。でもその次に、“なぜ…”とか“誰のせい…”とか、いろいろ考えてしまう〈第二の矢〉が刺さる。この第二の矢がやっかいで、災いそのものから受けるダメージより全然大きいんですよね。時間は無駄になるし、思い悩むことは体にもよくない。落ち込みそうになったら「第二の矢が刺さってる!」とその矢を抜き、思考を切り替えます。これが明るく生きる秘訣です。

選んだ道を輝かせるのは、自分の努力です。

『魅せられて』が大ヒットしていた’79年、ハリウッドから映画『SHOGUN』の出演オファーが。原作者や有名俳優とも顔合わせをし、出演はほぼ決定だったんですが、映画のスケジュールが押してしまい、どうしてもスケジュールの調整ができなくなってしまった。そのとき母は私に、「2年後に映画が公開されたとき、後悔しないなら断りなさい」と。結果、私は泣く泣く映画を諦めました。

人生って、良いことはなぜか2つ同時にやってくる。絶対にどちらかを選ばなくてはいけないんです。でも選んだからには後悔はしたくないし、その選択を輝くものにするためには努力をしなければならない。私はその後『魅せられて』でレコード大賞をいただき、最近もジャニーズの若い子たちが司会をする音楽番組で当時と同じ衣装でその歌を歌ったとき、10代の子たちが大騒ぎをしてくれた。あれから約40年、私の選択と、それからの努力は間違ってなかったと改めて思います。

ジュディ・オング 歌手、俳優、木版画家。1950年生まれ、台湾出身。3歳で来日し、11歳で映画デビュー。’79年にシングル『魅せられて』が200万枚の大ヒット。またさまざまなチャリティ活動も行っている。

※『anan』2022年5月25日号より。写真・中島慶子 ヘア&メイク・shizuka

(by anan編集部)

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