ロックもポップスもない時代、まちにはジャズが鳴っていた。
「自分がマンガを描く以前から興味のあったジャンルなんです。1巻の第2話で、新宿駅前に集まったミュージシャンを、いわゆる手配師が『おまえはあっちのクラブへ行け』などと振り分けてトラックに乗せていくのですが、そういうシーンを描きかったというのがまずあります」
と、作者の灰田高鴻さん。主人公の少女“とら”こと於菟(おと)が圧倒されるのが、まさにその光景なのだが、於菟はある事件を機に正気を失ってしまった姉のために、彼女の想い人らしいベーシスト“オダジマタツジ”を捜して福井から上京。歌声を見込まれてジャズバンドに誘われ、米兵が集うEMクラブで歌うことに。
「ジャズ自体は戦前から日本にありましたが、戦後の歌謡曲や芸能界の直接的な礎になっていったらしく。もともとはミュージシャンだったけれどマネージメントの側にシフトした芸能事務所の創業者や、三人娘と呼ばれた美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみのような歌手を立ち位置として参考にさせてもらいました」
観客は下手な演奏に容赦なく、ときに殴り合いや流血騒ぎが勃発するほど荒々しいが、いい演奏には称賛を惜しまない。於菟は最初こそ恐る恐るステージに立つものの、上京した目的を忘れるくらい歌うことに夢中になっていく。臨場感のあるライブシーンは、見どころのひとつだ。
「どうしたら盛り上がっている感じを出せるのかはいつも手探りです。興奮の表現がインフレ化すると、火を噴いたりレーザー光線が出たりするのでしょうが(笑)。とはいえ当時のパフォーマンスも凄まじかったようなのでその雰囲気は意識しつつ、ときどきあえて外したような動きを入れて、現実的な範囲内でうまく描ければと思っています」
見つかったオダジマは記憶喪失になっていて、於菟は音楽を通して彼の記憶を取り戻そうとするのだが、ふたりの距離にも少しずつ変化が。
「人間関係や立場などが、ふっと変わる瞬間はフィクションにおいて自分が最も興奮する部分だったりします。それと少女マンガがわりと好きで、付き合うまでの過程にカタルシスを覚えてしまう。放っておくとそんなことばかり描いて話が進まないので、担当さんに止めていただかないといけないのですが(笑)」
本作に登場した楽曲などを集めた公式プレイリストも配信中。すべての人が戦争という癒えない傷を負いながら、たくましく、したたかに生きた時代の鼓動が響いてくる。
『スインギンドラゴンタイガーブギ』 すべてを失った戦後の日本。米軍キャンプからのし上がるジャズバンドを通して芸能界のルーツを描く。天然(?)ピアニストが登場して広がりを見せる第2巻。講談社 640円
はいだ・こうこう マンガ家。2018年、第74回ちばてつや賞入選。『スインギンドラゴンタイガーブギ』にて連載デビュー。3巻が2月22日発売予定。
※『anan』2021年2月10日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)