志村 昌美

終活をする92歳女性から最後のお願い…タクシー運転手を巻き込んだ予想外の結末【映画】

2023.4.6
近年、自分らしい生き方を考えるうえで欠かせなくなってきた終活。今回ご紹介するのは、年々関心が高まっているテーマにユーモアを織り交ぜて描き、フランスで初登場新作1位に輝いた話題作です。

『パリタクシー』

【映画、ときどき私】 vol. 568

パリでタクシーの運転手をしているシャルル。お金も休みもなく、さらに免停寸前という状態にまで追い込まれ、人生最大の危機を迎えていた。このままでは最愛の家族にも会わせる顔がなかったが、そんな彼のもとに、あるマダムをパリの反対側まで送るという依頼が偶然舞い込む。

そのマダムとは、92歳のマドレーヌ。最期のときが近づいてきた彼女は、老人ホームへと向かう途中でシャルルに寄り道をしてほしいとお願いをする。人生を過ごしたパリの街には、マドレーヌの秘密がたくさんあり、彼女の並外れた過去が明かされていく。そして単純だったはずのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かす驚愕の旅になるのだった…。

フランスの国民的歌手であるリーヌ・ルノーとコメディアンとして大人気のダニー・ブーンが共演を果たし、本国で大きな注目を集めた本作。そこで、作品の見どころについてこちらの方にお話をうかがってきました。

クリスチャン・カリオン監督

(C)Jean Claude Lother

監督と脚本を手掛けたのは、『戦場のアリア』などで高く評価されてきたカリオン監督。今回は、出演者とのエピソードや撮影時の苦労、そして自身が感銘を受けた言葉などについて語っていただきました。

―本作はシリル・ジェリーさんによるオリジナル脚本が基になっているそうですが、最初に脚本を読まれたとき、思わず電車のなかで涙を流してしまったとか。どのあたりに心を動かされましたか?

監督 特に、どのシーンというわけではありませんが、高齢の女性がタクシーで最後の旅をしている様子や話している内容、そして彼女の行動のすべてに感動して泣いてしまいました。そして、本作ではドメスティックバイオレンスについても語られていますが、これは1950年代だけの話ではありません。いまでも世界中で起きていることなのです。

―マドレーヌとシャルルを演じたリーヌさんとダニーさんは、プライベートでも親交があり、親子のような関係性だそうですね。そんなおふたりだからこそ、できたこともあったのでは?

監督 彼らは昔からの知り合いであるだけでなく、一緒に映画に出演したいという気持ちがあったので、それがシナリオにもプラスの効果をもたらしてくれたのは確かだと思います。実際、アドリブもたくさんありましたし、2人で演技をすることに彼らが喜びを感じているのもわかりました。彼らには“共犯関係”のようなところがあったと言えるかもしれません。

厳しい人生でもポジティブに生きる姿に感銘を受けた

―もともとおふたりは同じ北部出身ということもあって意気投合したそうですが、監督も北部のご出身なので、そういう部分で絆が深まる部分もあったのでしょうか。

監督 それはありますね。日本でも同じだと思いますが、地域によって文化は異なるので、フランスでも北部と南部では生活のスタイルがまったく違います。たとえば、北部では太陽が少ないので家にいることが多く、その代わりにお互いに家に招き合って一緒にコーヒーを飲んだり、おしゃべりを楽しんだりするのが好きです。逆に南部では太陽が多いので、外で過ごす時間が長くなる傾向があるように思います。ある意味、この映画は北部出身者のつながりから成り立っている映画と言えるかもしれませんね。

―なるほど。また、劇中のマドレーヌが発する言葉にはどれも重みと説得力がありましたが、監督自身に響いた言葉があれば教えてください。

監督 「人は微笑むと若返り、怒ると老ける」というセリフがありますが、この言葉はリーヌ自身も実践していることであり、彼女の哲学を定義している言葉だと感じました。ただ、僕はリーヌの言葉よりも、彼女の人間性に感動することが多かったように思います。

今回、彼女はこの映画に出演することを非常に喜んでおり、「これは私の遺言のような映画です」とも言ってくれました。僕は「そんなことは言わないでほしい」と伝えましたが、「それは事実だから仕方がないのよ。長年こういう映画を待っていたなかで、いまその機会が私のところに訪れたことはとてもいいことなんだから」と話してくれてうれしかったです。

―ダニーさんも、マドレーヌの生き方や苦しみに対するものの見方から人生の教訓を得たと感じていらっしゃるようですね。

監督 いまほど女性の権利が認められていない時代を乗り越えてきたマドレーヌの生き方には、僕も感銘を受けました。彼女はドメスティックバイオレンスに直面し、大切な人を失うという厳しい人生を送っていますが、それでも活力を持ち、ポジティブに生きようとしているのです。そういう生き生きとした姿がマドレーヌの魅力ですが、それはリーヌの性格にも近いと感じました。

フランス映画でも初めての撮影方法に挑んでいる

―リーヌさんは監督のことをアドバイスが的確で、「自分の持っているすべてをこの監督のために出し切りたい」と思わせてくれる人だとおっしゃっていましたが、現場で大事にしていることは?

監督 映画を作るときにいつも感じることですが、俳優がしていることは非常に難しいことだと思っています。なぜなら、すべてが偽物の世界のなかで、本物の演技をしなければいけないからです。だからこそ、俳優がリラックスした状態で安心して演技ができるようにする環境を作ることに時間をかけています。それが僕のやり方です。

―本作の現場では、どのようなところに苦労されたのでしょうか。

監督 この作品では、特殊な状況で撮影を行いました。というのも、実はタクシー内のシーンは、実際にパリで車を走らせて撮っているわけではありません。実は、撮影所のなかに車を置き、その周りに設置した4Kの大きなスクリーンでパリのなかを走って撮った映像を上映して撮影しているのです。フランス映画でもこの形式で映画を作ったのは、初めてのことだったので、僕たちはまずこの撮影方法に適応しなければなりませんでした。

―まるで本当にパリを走っているかのような臨場感だったので、大半がスタジオで撮影されているのには驚きましたが、そのような手法を取った理由を教えてください。

監督 なぜスタジオでの撮影にしたかというと、当時リーヌはすでに93歳と高齢だったので、彼女を疲れさせる撮影は避けたかったからです。パリは大好きな街ではありますが、そこで撮影をしようとすれば、本当に大変なことですからね。ただ、初めてのことだったので、撮影に入る前に正しいやり方を見つけるまでに時間はかかりました。

日本は独自の文化を持ち、別世界のように感じる

―日本ではパリに対しては憧れを抱いている人は多いと思いますが、監督は日本にどのような印象をお持ちですか?

監督 これまで日本には2回訪れたことがありますが、初めて来日したのは『戦場のアリア』を公開したとき。東京で開催されたフランス映画祭では観客賞をいただくことができ、日本のみなさんに受け入れられたことに感動しました。日本というのは島国なので、独自の文化や強いアイデンティティがありますが、それを守ることに努力している国でもあると思うので、僕からすると別世界のようにも感じています。

―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 本作のマドレーヌは、周りからされるがままではなく、自分自身で選択して生きてきた1人の女性です。ですから、日本の方々にも「自分らしくあれ」というのは伝えたいと思います。

日本の女性たちが置かれているいまの状況はわかりませんが、フランスでは50年ほど前から女性も男性も同じように扱われるべく動いているところです。とはいえ、現在でも男性と同じ能力があっても女性のほうが男性よりも給料が安い場合もありますし、女性に対する男性の暴力も増えているので、フランスでもまだまだ改善すべき点は多いと感じています。

最後の瞬間まで全力で走り抜ける!

人生もドライブも、寄り道をするからこそ味わえる喜びがあることを教えてくれる本作。美しいパリの街並みを堪能しながら、マドレーヌのような強さを身につけることを学び、そして自分らしい生き方とは何かに思いを巡らせてみては?


取材、文・志村昌美

驚きに満ちた予告編はこちら!

作品情報

『パリタクシー』
4月7日(金)新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国公開
配給:松竹
https://movies.shochiku.co.jp/paristaxi/
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