尾崎世界観「マイナスな感情というのは絶対にあった方がいい」 自分自身との向き合い方
尾崎世界観さんに訊く。自分自身との向き合い方。
独自の視点で紡がれた楽曲や文章は、ときとして怒りや緊張感を放ちながらも、人間の本質を描いた表現が多くの人を魅了している。クリープハイプのボーカルであり、小説家としての顔も持つ尾崎世界観さんは、作曲や執筆を通して自己と対峙し続けてきた人である。そんな尾崎さんは、どのように自分を高めているのだろうか。
「“自分”という部屋を複数持っておくことが大事ですね。自分の場合は文章を書くときと音楽をやるとき、それ以外も含めると大体いつも3つぐらいの部屋があって。それらを行き来することで、いいバランスを保てているんです」
複数の部屋を持つことで、音楽に対する向き合い方も楽になったという。
「2015年に、出版社の方から『小説を書いてみないか』と声をかけてもらいました。初めての小説『祐介』を出版したときに、普段なかなか出られないような媒体に出られたり、テレビ番組に出演させていただいたりして。自分にも音楽以外の部屋ができたな、と思いました。音楽がダメになったときはそっちに逃げればいいんだ、と気づいて。そこでひとつ抜け出せたし、気持ちが軽くなりましたね」
現状にジレンマを抱えている人に向けてアドバイスを求めると、尾崎さんらしい逆転の発想を教えてくれた。
「憂鬱な気持ちや悩み、世間ではそれらを消そうとする動きが多いけれど、マイナスな感情というのは絶対にあった方がいいんです。自分は、そんなネガティブな気持ちを使って作品を作っている。別に悪いものじゃないと理解すれば、付き合い方や扱い方も分かってくるし、心持ちが楽になる。だから、いろんなことに興味を持って挑戦するのがいいと思います。それによって、ネガティブな部分の使いどころも見出せるはずです」
尾崎さんの新作小説『転の声』は、まさにネガティブな感情を利用して、作品に昇華した傑作だ。
「自分がメジャーデビューをしたのは、ちょうどCDが売れなくなってきた時代。昨今では、YouTubeやTikTokの再生回数が大事にされています。どちらにも片足を突っ込んでいる世代だからこそ、そこに違和感を覚える。ライブをやればお客さんは来てくれるけど、ヒットチャートに入るわけでもないし、そもそもそのチャートが自分の納得するものなのかというと、そうでもない。“どこに自分を向けていくべきなんだろう?”と悩みながら、その違和感をそのまま小説にぶつけようと思いました」
同作は、ライブチケットの転売がいまよりも市民権を得ている社会が舞台。ロックバンドのフロントマン・以内右手(いない・みぎて)は、人気が伸び悩んでいることに焦っていた。不安が募った結果、事もあろうにカリスマ転売ヤーに自分たちのチケットを転売してもらえないか、とすがりつく。そんな表舞台に立つ人間の“光と影”の描写が生々しくて素晴らしい。
「ライブって、お客さんとして観ているときはすごく華やかなんですが、その裏側はどこか寂しくて“こんなにもあっけない”と常々感じる。でも、そんな明暗のはっきりわかれる世界こそが、自分の居場所だと思っているんです。そういう裏側も含め、自分しか知らないミュージシャンの視点で小説を書いてみたいと思いました」
SNSでエゴサーチをする様子や、ライブ中の観客に対する冷めた気持ちなど、以内のディテールが細かくてリアル。それゆえ読者からは「ここまでミュージシャンの裏側を見せても大丈夫なの?」と心配する声も出たそうだ。
「この作品はコメディとして読んでもらうのが、一番分かりやすいと思います。あくまでフィクションですから。この小説では、真面目にやっている自分をひたすら外から見つめました。俯瞰する視点がないと書ききれないんです。主観だけで書けるほど、小説は甘いものじゃない。いろんな視点を使って、今後も定期的に読み手の気持ちを揺さぶる作品を書いていきたいです」
おざき・せかいかん 1984年11月9日生まれ、東京都出身。2001年にバンド、クリープハイプを結成。’16年に初小説『祐介』を上梓し、2020年に『母影(おもかげ)』が芥川賞候補になるなど、バンドと並行して精力的に執筆活動を行っている。
ジャケット¥140,800(FRANK LEDER/MACH55 Ltd. TEL:03・5846・9535) Tシャツ¥14,300(セブンバイセブン TEL:03・5785・6447)
『転の声』 第171回芥川賞候補作に選出された、尾崎世界観さんの3冊目となる小説。喉の不調に悩む以内右手は「俺のことを売ってください」とカリスマ“転売ヤー”に魂を売ってしまう…!? ミュージシャンの心裏を赤裸々に描き出した一冊。文藝春秋 1650円
※『anan』2024年9月11日号より。写真・大塚三鈴 スタイリスト・入山浩章 ヘア&メイク・マキノナツホ 取材、文・真貝 聡
(by anan編集部)