長く付き合ってきた恋人に、「好きだけど、愛したことは一度もない」と言われたら……。君嶋彼方さんの『一番の恋人』は、この告白を機に自身の男性性に疑問を抱く主人公の心理を、生々しく描いている。

男性だって苦しんでいる!? 「男らしさ」の功罪とは。

君嶋彼方 一番の恋人

「女性性の苦しみを描いた作品が最近増えていますよね。大事なことですし、それだけつらさを感じている女性がいるからなのでしょうが、同時に男性も苦しんでいないわけじゃないよなとずっと思っていました。デビュー作『君の顔では泣けない』でも、女性の大変さに共感するような感想を結構いただいたのですが、そこを強く意識して書いたわけではなかったので、意外だったりもしました。それもあって今回は、自分のためというよりも大切な人のために、男であることを嫌だと感じてしまう人物を描こうと思ったのです」

名は体を表すとはいうが、まず父親に付けられた「一番」という名前から、主人公がどんな人生を歩んできたのか興味が湧いてくる。男らしさを重視して育てられ、その期待に応えられなかった兄を傍らで見てきた一番は、それなりにうまく人生を送ってきたはずだった。しかし2年の交際を経て千凪(ちなぎ)にプロポーズをしたところ、冒頭のような返事をされてしまう。しかも彼女はアロマンティック・アセクシュアル(他人に恋愛感情や性的欲求を抱くことがない性質)で、好きな人を愛せないことを密かに悩んでいたのだった。

「例えばセックスで喜んでいると思っていた反応が、実は拒絶だったと知るのは、今までのことが否定されるわけですから、一番にとって相当ショックなはずですよね。かといって、それを理由に別れようとは思えないだろうから、その辺の葛藤はしっかり書かなければと思いました」

当たり前に備わっている性欲が、愛する人を無意識に追い詰めていた衝撃。一番はやがて、男としての自分を持て余すようになり、男同士の酒の席で無邪気に交わしていた下ネタなども嫌悪するようになる。

「男だけで集まると、男性性の誇示としてセックスの体験自慢とか、女性を値踏みするような話をする場面がよくあるんです。僕はあまり好きじゃないのですが、自分も男だから完全には否定できない。嫌だなと思う半面、結局片足を突っ込んでいて、逃れられないんですよね」

千凪への思いを断ち切れない一番と、周りの人のように「普通」の人生を送りたい千凪は、このまま一緒にいられるのか。そもそも一緒にいるためには、恋愛感情が介在しないといけないものなのか。周囲の価値観や常識に振り回されながらも、納得できる生き方を必死に選び取ろうとするふたりの姿は、どんな結末であれ応援せずにはいられない。

「親子関係にしろ恋愛観にしろセクシュアリティにしろ、理解のつもりで型にはめようとすると、結局その人をがんじがらめにする気がして。一番と千凪のような形もあることを、覚えておいてくれたら嬉しいなっていうくらいの気持ちでいます」

君嶋彼方『一番の恋人』 愛する人に“拒絶”され、長年植え付けられてきた「男らしく生きる」という価値観が覆される一番。さまざまな当たり前を問う物語。KADOKAWA 1760円

君嶋彼方

きみじま・かなた 作家。1989年生まれ、東京都出身。2021年、第12回小説野性時代新人賞を受賞し、『君の顔では泣けない』でデビュー。ほかの著作に『夜がうたた寝してる間に』。

※『anan』2024年6月26日号より。写真・土佐麻理子(君嶋さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・兵藤育子

(by anan編集部)

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