KEN THE 390と#KTちゃんが“ラップ”と“自己肯定感”を分析 「まずは日記をBGMに乗せて読んでみて」
左から#KTちゃんさん、KEN THE 390さん。
会社員として働きながらラッパーとしても活動をしていたという経歴を持つKEN THE 390さんと、高校時代のラップバトルで“KT劇場”と呼ばれるスタイルを築き上げた#KTちゃんさん。世代は違えど、独自性を貫くラッパーのふたりに、“ラップ”と“自己肯定感”について聞いてみた。
――“ラップ”と“自己肯定感”の関係性をどのように見ていますか。
KEN THE 390(以下KEN):僕がラップを好きになったきっかけはヒップ・ホップ・グループのRun‐D.M.C.で、ある曲のサビが自分たちのグループ名を繰り返すだけのリリック(歌詞)でした。当時バンドをやっていた僕は、それを聴いてものすごい衝撃を受けたんです。主語はほとんど「俺が」で始まり、内容は“俺のストーリー”ばかり。今でいう“自己肯定感が高い”ってことなんでしょうね。自分のことを好きじゃないとそんなリリックは書けないし、それがカッコいいと思ったんです(笑)。
#KTちゃん(以下#KT):わかります!(笑)
――言いたいことや主張を人前ではっきり言葉にできるラッパーって、自己肯定感高そうに見えますが…。
#KT:ヒップ・ホップやラップをあまり知らない方からしたら、イカつい感じとか、見た目から近寄りがたいイメージを持っているかもしれません。でもそれぞれが音楽を愛し、言葉を生み出すという繊細な表現をしながらも、エネルギーを届ける人たち。ネガティブなことでもあえて言葉にすることで、前に突き進んでいく強い人、という印象です。
KEN:ネガティブの要素って、人と違うからでもあると思うんです。でもそれを個性と捉えて、曲にして自己発信することで“俺は他の人と違うぞ”ってポジティブに変換していけるのがラップの強み。ある意味、ネガティブな自分を自己受容する、セラピー的なものであるとも思う。
――すごく興味深いです。
KEN:例えば“俺は集団行動になじめないし、そんな自分が嫌いだ”みたいなリリックの曲があったとして、それを聴いた人の中にまったく同じではなくても共感する瞬間があれば、身近に感じる。それによりラッパーは評価され、ラッパー自身メンタルのバランスも保てるんです。これって、他の音楽にはないサイクルだと思います。
#KT:「一緒に進んでいこうよ、せーの、わっしょい!」みたいなポジティブな曲もいいけど、ネガティブでもリアルな感情と向き合っているリリックだからこそ、ありのままを表現しているという説得力がある。そこには本当の強さを感じます。
――なるほど。ラップを発信する側も、聴く側も、メンタルケアになるなんて素晴らしいですね。
KEN:そもそもセラピーって、人に自分の悩みを聞いてもらうことで成立すると思うんです。だから、ただ自分と向き合って心に留めているのではなく、歌詞に書いて吐き出して、曲に乗せて口にする、という行為がすごくいいんじゃないかな。
#KT:私もリリックを書いていると、今こんなふうに自分は思っていたんだ、なるほど、って自分自身をより深く知れる気がします。自分のことを受け入れられているとも感じるし、ずっと抱えていたモヤモヤとか、消化しきれなかったものが明確になる気もします。さらにそれを言葉で吐き出すことで、聴いてくれる人たちに共感が生まれると、すごくポジティブな気持ちになれるんです。
――ちなみに自己肯定感でいうと、歌詞を書いている時と歌っている時、どちらが高まっていますか?
#KT:私は書いている時。もちろん歌っている時も、自己肯定感の高まりみたいなものを感じますけど、言葉で想いを生み出している瞬間に自分自身の気づきがあるので。
――おふたりは、どのようにラップの制作をしているのでしょうか。
#KT:私はいったんノートに、今の感情から想像の世界のこと、今日の出来事などなんでも書き出します。そこで、いま自分はこんな気分でこういう願望があるというのを汲み取って、言葉を繋いでいく感じかな。
KEN:僕の場合は最初にテーマを決めたら、2時間ぐらいで一気に1曲書きます。韻が甘いとか、パンチラインが緩くても、とりあえず1回書き切る。これがラフスケッチの段階だとして、それをiPhoneのメモに入れておき、移動中とかにちょこちょこ見返しながらブラッシュアップしていくのが今の基本の作り方。3曲ぐらいできたら、まとめてレコーディングをしています。
――歌詞はパソコンやスマホで?
KEN:ノートに書くかパソコンで書くかで全然違うし、自分の曲なのか、誰かに提供する曲なのかでもツールは変わってくるかも。手書きのノートの場合、直した場所が見えて履歴を追えるから、複雑な構成にはなります。一方でパソコンの場合は書いても必要なければすぐに消せるから、理路整然としていく。だから人に渡す曲の場合はパソコンで書いて、自分の曲で気持ちをとことん突き詰めたかったらノートに。
#KT:めちゃくちゃ共感です。私は、机に向かって紙とペンで何時間も集中して作るタイプなんですけど、自分の頭の中で思いついて書いたものは全部、あえて消さないように残しておいて、より濃密なリリックを作りたいと思うタイプです。
――なるほど。ラップ歴の長いKEN THE 390さんは、時代による業界の変化を感じたりしますか?
KEN:ラップって、5年おきぐらいにジャンルが変わったんじゃないかと思うぐらいサウンドやトレンドが変わるんです。今は“トラップ”というヒップ・ホップのジャンルがきてるから、そこに対応しているラッパーが最前線にいる。たぶん全ジャンルの中でも最も新陳代謝が早いんじゃないかな。だからずっとフレッシュな音楽だと思う。
――ラッパーのタイプも変化していますか?
KEN:はい。僕はプロデュースもしますが、それこそ#KTちゃんみたいな新しい子もどんどん出てくるし、レコーディングで「僕、座って歌います」って人もいれば「電気消していいですか?」って人もいて、ずいぶん変わりました(笑)。昔のマッチョなイメージよりも今のラップは繊細で、リラックスしてぼそぼそ喋るのが流行りだったりするし。昔に比べて自分の弱みを吐露できる人のほうが、今は人気があるような気がしています。でもそうやって、自分が当たり前だと思っていたことが、めっちゃ変わっていくのも、僕からすると面白いんですよね。
#KT:今のラップが繊細なのも、自己肯定を求める現代とマッチしている気がしますね。それこそ今回のテーマにも繋がりますが、私なんて…って自分に自信を持てない人に寄り添ってくれる感じがする。
――ちなみに、活躍しているラッパーの中でも最もポジティブな人は?
#KT:(即答で)私(笑)。
KEN:あはは(笑)。でも確かに! ポジティブさでは突き抜けている。
#KT:自信を持って言えます。負けません(笑)。
――本格的にリリックを書いたり、ラップバトルに出ないまでも、日常にラップを取り入れて自己肯定感を高める方法があれば教えてください。
KEN:それで言うと、日記を書くのがいいかもしれない。さっきも話したように、ラップのリリックって自分の気持ちを正直に吐き出すことでもある。日記って、誰にも見られないから自分の本音を書けるわけじゃないですか。これこそがラップの原点。あとはYouTubeで“ラップ インスト”とかで検索すると、BGMが出てくるし、例えばケンドリック・ラマーが好きだったら“ケンドリックラマー タイプビート”で検索すれば、それに似た音源が出てくるので、まずは音に乗せて自分の日記を読んでみてください。それだけで、韻は踏んでなくてもラップっぽくなります。
#KT:書いて終わりじゃなくて、口にすることがすごくいいと思う。自分の本音を客観的に知ることができるから。
――流行りだからってネガティブなワードがいいわけでもないですしね。
#KT:そうそう。もし韻を踏むなら、自分の好きなジャンルのテーマを決めるのもいいし。私はファンタジーな世界観が好きなので、初めてラップバトルに出た時には“ガラスの靴”をキーワードにして「このお方の悪いところを探すの苦痛。履かせてあげたいガラスの靴」って韻を踏んだんですけど。自分の好きな世界観から入れば、だんだんラップが楽しくなってくると思います。
KEN:韻を踏むコツって連想ゲームみたいな感じで、実はそれほど難しくはなくて。1つの言葉で1回韻を踏めれば、そのうち無限に出てくるようになる。僕は約20年やってますけど、いまだに韻が尽きた言葉はないですから。#KTちゃんの“ガラスの靴”なんて誰も踏んだことがない韻で、この言葉ひとつでまだまだ山ほど踏めます。
#KT:あとは、なんとなく知っていた言葉で韻を踏みたいってなったら、その言葉の意味を調べたりするから、語彙力も高まるという利点も。
KEN:まずは日記をBGMに乗せて読んでみて。慣れてくると自己陶酔できるぐらい気持ちよくなれるし、気づいたら自己肯定感も高まっているかもしれません。
けん・ざ・さんきゅーまる 1981年6月17日生まれ。ラッパー、音楽レーベルDREAM BOY主宰。2006年、アルバム『プロローグ』でデビュー。楽曲提供や舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修などフィールドを広げて活躍中。
けーてぃーちゃん 2004年10月6日生まれ。’23年、フリースタイルデビューから8か月と、史上最速で両国国技館でのMCBATTLEに参加し、Yahoo!検索大賞2023ネクストブレイク 人物部門にも選出。4/17に初のEP『Oneder』をリリース。
※『anan』2024年6月5日号より。写真・内田紘倫(The VOICE) 取材、文・若山あや
(by anan編集部)