時を遡る連作集『あわのまにまに』 少しずつ明かされていく、ある家族の風景とは

2023.3.12
昨年、長編小説『余命一年、男をかう』で島清恋愛文学賞を受賞するなど、昨今ますます注目度が高まっている作家、吉川トリコさん。最新刊の『あわのまにまに』は、ある家族の風景を、2029年から1979年まで、時間を遡って追っていく6編を収録。じつは、執筆依頼の際には、まったく異なるテーマを提案されたのだという。

時を遡りながらスリリングに家族の秘密を描いた連作長編。

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「最初、“男女のバディものを書きませんか”と言われたんです。その時、男女の関係のあり方って時代によって変わるから、定点観測的に一年に一編ずつ書いて、10年経った時に本にまとめたら時代の変化が見えてくるんじゃないかって思ったんですよね。でも編集者が“そんな悠長なこと言ってられません”って(笑)。それで、10年刻みで時代を遡る形で書くことにしました。各編に繋がりが欲しいので、一人の女性の半生を追いかけることにして、いのりという女性を思いつきました。結果的に、男女に限らず男男、女女の、親子、姉妹、恋人、友達同士などいろんな2人組の話になりました」

第1章の舞台は2029年、語り手はいのりの娘、小学3年生の益子木綿(ましこ・ゆう)だ。どんな時もマイペースな母親、23歳も年上の兄シオン、母と仲がいいのか悪いのかよくわからない叔母、祖母のお葬式で泣きくずれていたおばあさん…。少女の目を通して見ても、この家族にはなにか歴史や秘密がある、と思わせる。そして章を追うごとにいのりの妹やその夫など視点人物が変わり、家族の秘密が少しずつ明かされていく。

重要な真実は明かすが細部の事実は伏せて想像力をかき立てまくる、スリリングな読み心地だ。そのなかで、ファッションや食べ物の流行の変化がわかるのも読みどころ。

「1989年以前のことは自分もよくわからなくて、林真理子さんの当時のエッセイや田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』を読んだり、向田邦子さんの昔のドラマを見たりしました。DCブランド全盛だったり、私の世代ではすっかり馴染みのあるベーカリー『ドンク』が特別視されていたりと、いろんな違いが見えてきて面白かったです」

なかでも切実に伝わってくるのは、女性観、ジェンダー観の変化。

「たとえば『源氏物語』などを読むと、男の人はなぜこんなに女の人に貞淑を求めるんだろうと感じるんです。きっと子供が生まれた時に、男性は本当に自分の子かわからないから、それゆえ女性を監視し監禁しているのかなと思う。紫式部は、そんなことしたって無駄だぞっていう気持ちであの物語を書いた気がします(笑)。私も今回、そういう気持ちがありました。同性愛者の結婚問題も書きましたが、結婚という制度自体の是非はともかく、同性婚ができないことでこんな思いをしている人たちがいるんだよ、ということも書きたかった」

タイトルに関しては、

「10年ごとに一時期だけ、ふわっと浮かんでくる海のあぶくのようなものをイメージしていました。6つの泡と泡の間にあることは見えないけれど、でもすべて繋がっている。自分でも今回その繋がりが意識できたので、書けてよかったです」

吉川トリコ『あわのまにまに』 世間の価値観に左右されず、マイペースに生きる女性、いのり。だが、彼女とその家族はいくつもの秘密を抱えていて…。時を遡る連作集。KADOKAWA 1870円。

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よしかわ・とりこ 2004年「ねむりひめ」で〈女による女のためのR‐18文学賞〉大賞&読者賞受賞。同作収録の『しゃぼん』でデビュー。昨年『余命一年、男をかう』で島清恋愛文学賞を受賞。

※『anan』2023年3月15日号より。インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)