「セックスが怖い…」心が拒絶する女|12星座連載小説#103~乙女座7話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.22
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第103話 ~乙女座-7~


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彼との間に何とも言えない空気が流れる。

こういう空気。本当に嫌……。

男と女の営み独特の感じ。セックスで感じられないなんて、今回が初めてじゃない。これまでも何度かあった。

真司さんが申し訳なさそうに私の身体から離れた。

こんな時、女は男になんて声を掛けるべきなんだろう。

「ごめんね」
「体調悪くて……」
「もう一回しよ?」

どれも、逆に男のプライドを傷つけてしまうんじゃないだろうか。
そう考えると、私は黙っていることしかできない……。かといって、それもまた彼を傷つけているのだろう。

身体が問題なのか、それともメンタルの問題?

私は真司さんを愛しているし、彼のプロポーズを受けようと心に決めていた。

なのに……どうして?

「沙耶、何だかムリさせちゃって……ゴメン」

なんで真司さんが謝るの? 私が、私の“何か”がいけないのに……。

でも、その“何か”が自分でも分からない。今に始まったことじゃない。昔からそうだった。

初めての相手の時も。その後付き合った相手の時もそう。

心からセックスに入り込むことができなかった。

愛撫されているときは、そこそこ快感はある。でも、“男性自身”を受け入れると、途端に冷めてしまうのだ。何も感じない。

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一時は“不感症”なんじゃないかと真剣に悩んだこともある。でも、そんなことはなかった。

これまで、それが原因で別れたことも何回かある。

よく“男は身体で感じて、女は心で感じる”っていうけれど、私はその“心で感じる”っていうのをまだ経験したことがない。自分で自分がどこか情けない……。

もしかしたら、頭のどこかで“セックスを嫌悪”している自分がいるのかもしれない。

その営みから、私自身も生まれてきたっていうのに―――

真司さんを後ろからそっと抱きしめる。

言葉が見つからない、その分、こうして抱きしめることでしか気持ちを伝えられない。

男はプライドの生き物だ。自分が女性を感じさせることができないと、脳にインプットされてしまうと“不能”になると言われている。

それくらい、女性よりも男性の方が性にデリケートなのだろう。だから私はセックスが怖い。

私は、私のせいで真司さんに自信をなくして欲しくない。こんなにも素敵な人なのに……。

「沙耶、今日はもう寝ようか」

真司さんの気遣いが、痛い。

『うん……ごめんなさい』

私の額に優しくキスをし、下着を身に着ける。私は、無言でシャワールームに向かう。

愛し合っているのに、全く異なるベクトルの線上にいる私たちは、これからどうなるのだろうか。

もしも、このベクトルがいつまでも交わることがないとしたら―――

私は、彼の人生を“台無し”にしてしまうかもしれない。

シャワールームから戻る頃には、彼はベッドで眠っていた。正確には、眠った“フリ”をしてくれているのだろう。それが彼の優しさ。

こんな私と、もう数年も付き合い続けてくれている。そして、プロポーズまで……。

もう、今日はプロポーズの話は出ない。

そして、次に会った時も、今夜のことはなかったことになっていて、彼はいつも通り接してくれるだろう。

―――ここ1年近く、そんな風に同じことが繰り返されている。

私もなるべく静かに、彼の隣に腰かけ、横になる。できるだけ彼の近くに、でも触れないように。

この微妙な“距離”が、今の私と真司さんの距離のようで切ない。
どうしても、この距離が埋まらないのだ。手を伸ばせばすぐそこに彼はいるのに……。

私は職業柄、死に至る人間を、沢山見過ぎてしまったのかもしれない。平和、幸せ、安定……世の女性たちが望むもののすぐ横に、破壊、別れ、不幸の影がある。そういう現実を突き付けられながら仕事をしてきたのだ。

トラックに頭を砕かれたバイク乗りの女性運転手。
妊娠で鬱になり服毒死しかけた10代の女の子。
元夫にストーカーされメッタ刺しされた30代女性。

目を覆いたくなるような現実に直面しながら、救える命は救い、そうでない場合は気持ちを切り替えながらやってきた。

命とは何か、自問自答しながら。

こうしている瞬間にも、どこかで命が消えようとしている。そう思うと、恋も結婚もすべてが“嘘くさい”と感じられてしまうのだ。

幸せは、永遠に続くものじゃない。いつ何が起きても、おかしくないんだから。

そんなことが、頭の中に刷り込まれてしまい、本気で恋をできなくなってしまっているとしたら……それは不幸なこと。

そんな女と結婚し、生涯をともにする相手は果たして幸せなのだろうか。

寝息を立てて眠る真司さんに背を向け、身体をこわばらせる。

私は深い闇の中で、静かに泣いた―――


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【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。


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