結婚と仕事…どちらも選べない不器用な女|12星座連載小説#19~乙女座1話~
【12星座 女たちの人生】第19話 ~乙女座-1~
前回までのお話はコチラ。
―――なりたいものになるって本当に難しい
カラカラカラカラ……バタバタバタ……
少し離れた場所から、キャスターの車輪が回る音と慌ただしい足音が聞こえてくる。
時計を見ると、夜中2時を回っていた。こんな遅くに、急患かな。
待機室でうつらうつらしていた私も、急いで準備をして向かう。
私は鈴木沙耶30歳。
病院の救急病棟で看護師として働いている。誰かの役に立ちたい、その一心で正看護師の資格を取ってから8年間、こうしてずっと病院内を駆け回っている。
他の看護師仲間は、救急病棟は忙しくて嫌と言うけれど、私はそうでもない。
『どうされました!?』
「鈴木さん! 輸血パックの準備お願いします! RH+のBです!」
同じ救急看護師の三浦さんが答えた。
『了解しました』
今回運ばれてきた患者は……おそらく、バイク事故だろう。
大量出血、擦られた様な傷、そして足が変な方向に折れ曲がっている。
明け方までかかりそうね。
そう思いながら輸血パックを用意する。私は手術室看護師ではないので、準備や連絡、通達を行うのが主な業務だ。患者さんと関わるのは、入院とオペ室搬入のときだけ。
『こちらです』
「ありがとう」
迅速に動き、必要最小限のやりとりを交わす。それが救急看護師。でも、看護師としてのスキルアップには最適な場所。
“より良い看護を提供するためには”ということを、常に学び続けられるところだ。
ギィ……ッ
手術室の扉が開き、患者が吸い込まれていった。
ヘルメットを被っていたのだろう、幸いにも頭部へのダメージは少なそうね。ただ、あの足の骨折具合をみると入院だな……。
そんなことを冷静に判断できるようになった自分が、誇らしくもあり少し寂しくもある。私も看護師になりたての頃は、血を見るだけで卒倒しそうになったものだ。でも、1年、2年と経験を重ねて行くごとに、だんだん慣れていってしまった。それは素晴らしいこと。でも……。
「お疲れ様」
三浦さんだ。
『三浦さんこそ、応急処置大変でしたね』
「いつものことよ」
三浦さんは、私よりも救急病棟歴が1年長い。救急病棟での1年は、それ以外の場所での3年に相当するくらい重たい。
ミスが許されない環境。忙しさの波の激しさ。精神・肉体面のハードさ。
そして……、患者の最期を看取る機会の多さ。
他の病棟では経験できないことを、心身をすり減らしながらも学べる場所なのだ。
そういう意味で、“ここ”で働き続けている三浦さんは、尊敬できる先輩だ。
「鈴木さん、休んでいたんじゃないの。もう少し休む?」
こういう気遣いも、流石だな。
『いえ、私も目が冴えたので、お仕事お手伝いします』
私は救急病棟での経験がまだまだ浅い。いろんなことを学び、吸収するためにも先輩についていかなくてはならないのだ。
「そう、じゃあ一緒に」
二人で待機室に入り、書類の整理などを行う。
三浦さんのもう一つ凄いところ。それは結婚していながら、この仕事を続けていることだ。
もちろん、理解のある旦那様だからこそなのだろうけど、今の私には……到底真似できない。私は、結婚すらしていない関係なのに、上手く両立できないのだ。
―――「何かを犠牲にしなければ、どちらも手に入れられないと告げているわ。あなたにとって、結婚が大切なのか、それとも夢を追いたいのか、選んだ答えが今回のご相談の結論よ」
今日のお昼みてもらった、占い師さんの言葉が、頭の中にふとよぎる。
カリカリカリ……
静かな空間に、ペンと紙が擦れる音だけが響いている。
どうしよう。聞いてみたい。どうして結婚しながら、この仕事を続けていけるのかを。三浦さんにできて、私にできないことは何なのかを知りたい。
「鈴木さん?」
『は、はい!』
ビックリした。
「チョコレート食べない?」
『ああ、ありがとうございます』
私は、受け取ったチョコの包みを開き、四角くて茶色い塊を口に入れた。
どうしてこの人は、仕事をしながら、こうやって他人のことまで気が回るのだろう。そして、どうして私は自分のことで手一杯で、人を傷つけてしまうのだろう…
一瞬、真司さんの顔が思い浮かんだ。
結婚したいと言う彼を待たせ続けながら、私は自分のやりたいことに全力を注いでいる。
それって……、とても自分勝手なことなんだよね。分かってる……けど。
東の空がだんだんと白んできて、朝の始まりがやってくる。
……結局、三浦さんには、聞けなかった。
次回、“第20話 「欲しいもの全てを受け止めきれない不器用で狡い女」”は2月17日(金)配信予定。
【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。
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