「セクハラ」を揉み消そうとする男|12星座連載小説#71~山羊座5話~

文・脇田尚揮 — 2017.5.8
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第71話 ~山羊座-5~


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目の前に広がるのは、凛々しく咲き誇る“真っ白な山百合”。

さあやが私に教えてくれた、山百合の花言葉「威厳」。

……私は一体何に囚われていたのだろう。

周囲に知られることの恥ずかしさ? 今の自分の立場が脅かされやしないかという不安? 就職や結婚に響いてしまうかもしれないという危惧?

この一年間ずっと恐怖に怯えながら生活していた私は、その花言葉に心を動かされた。

さあやは、その後何も言わなかった。

まるで「あとはあなた次第よ」と言わんばかりに、涼しい顔をしていた記憶がある。


次の日、私は法テラスや労働基準監督署に足を運び、セクハラについて相談した。

――オンナとしての“威厳”を、あんなヤツに潰されたくない。

そういう衝動が、臆病な私を突き動かしてくれたのだ。

さあやは毎晩、メールをくれるようになった。別に大した内容ではなく、「お疲れさま~」とか「新作の映画楽しみだね」とか、本当にたわいもないこと。でも、それが毎日私を元気づけてくれた。

さあやに公園へ連れて行ってもらってから、ちょうど1週間。

決戦の日が訪れた――

私は複数の専門家からアドバイスを貰って、資料を作っていた。内容は“セクハラに基づく懲戒・慰謝について”だ。

一年間の出来事を振り返れば、刑事罰といった“社会的制裁”も視野に入れて良かったのかもしれない。でも、私はキチンと謝罪しそれなりの責任をとってくれれば、それで良いと思っていた。

……当時学生だった私は、甘かったのだ。

授業が終わると、忌々しい“オレンジの時間”がやってくる。

私は、いつものように学長に呼び出された。今日は録音機器も持っている。電源を入れ、扉を開ける。

“そいつ”はニタニタしながら待っていた。汚らわしい!

『学長、今日はお話したいことがあります!』

私は、これまで“個人授業”と称した辱め、それが教育者としてあるまじき姿勢であること、そして専門家に相談していることなど、洗いざらいをぶちまけた。

ヤツは一瞬、驚いたような顔をして……そしてまた、ニタニタし始めた。

「君の言いたいことは分かった。だけど証拠はあるのかい?」

証拠……?

たしかに、写真や音声といった証拠を、私は一切持ち合わせていなかった。身体への接触も、「偶然当たっただけ」と言われてしまえばそれまでだ。

この部屋には、机と椅子だけ。学長以外、誰も入ったことがないという……。

言い返せない私を見てそいつは、

「今日はもう遅いから帰りなさい。気をつけてね」

とだけ言った。

甘かったのだ。大人のズルさを、この頃はまだ知らなかった。


悔しい気持ちで帰宅し、さあやに電話して愚痴をこぼした……。

「千尋、すごいね。あなた頑張ったじゃない」

その一言で、なんだかとても救われた気持ちになり、泣けてきた。

『“威厳”、守ったよ……』

「うん、うん。」

――その日さあやは、夜中まで私の話に付き合ってくれた。

そして翌日の昼頃、塾の受付から連絡があった。

「次回からもう来なくていい」という内容だった。

表向きの理由は“新しい先生が入ったから”とのことだったけど、明らかに不当解雇。塾長が、セクハラの件を揉み消そうとしているのは、一目瞭然だった。

弁護士曰く、“いつ”“どこで”“何をされたか(言われたか)”を記録したメモでも構わない。日時や状況を詳細に記録したメモと合わせて、家族や同僚に相談した事実など書き加えれば、証拠として提出できる場合もある。精神的なショックから、医療機関を受診した場合は、診断書も証拠のひとつになりうるそうだ。

どれも、セクハラされたという“直接的証拠”にはならないが、数を揃えることで裁判官にセクハラがあったと思わせることはできるとのことだった。

残念ながら、私は誰にも相談せずに独りでジッと耐えてきた。

知っているのはさあやだけ。でも、さあやを巻き込みたくない……。

結局、この件はここで終わった。

私にもいろいろと隙があったのだろう。もっと危機意識を持っていたら、また違った結末だったかもしれない。

アイツは相当慣れている様子だったから、他にもセクハラを受けていた女の子がいたのかもしれない。

でも私の中に、“戦った”という記憶だけは残った。

それ以来、私は強くなった。さあやが強くしてくれたの。だから、私は彼女に頭が上がらない。

それから5年くらいして、風の噂でその塾が潰れたという話を聞いた。もう興味もなくなっており、ただ「ふーん」といった感じだった。

私たちは、未だに綺麗な“百合の花”を見つけると、写真を撮って送り合っている。

―――あら、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ。

私は、さあやと待ち合わせをしている喫茶店へと向かった。


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【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

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