結婚できるのに「したくない女」|12星座連載小説#67~乙女座4話~

文・脇田尚揮 — 2017.4.27
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第67話 ~乙女座-4~


前回までのお話はコチラ

「結婚」……か。

千尋からの、思いもかけない質問に少し戸惑う。

今、私が相手として思い浮かべているのは、真司さん。だけど……

「あっ、ごめんごめん。そんな難しい顔をしないで。」

私、“難しい顔”をしてたか。

「ほら、私たちってもう“結婚適齢期”じゃない? さあやは真司さんとの将来のこと考えてるのかな~って。……私は、そもそも恋人いないからさ」

『そうだね、意識はするよ。けど、結婚はないかな。イメージできない。第一仕事したいし、他にもやりたいことあるしさ』

結婚をすれば、確実に時間は奪われる。

「そうだね。考え方ひとつだよね。結婚したい~!って気持ちが強くなり過ぎると、“独身である自由”のありがたみを忘れちゃうよね。結婚すると、今度は自由な時間が欲しい、なんて思っちゃうのかも」

『ま、無いものねだりってことで』

「そうそう」

オチがついたところで、2人ともティーカップに口をつけ、紅茶を飲み干す。

喫茶店内には、心地いいボサノバが流れており、穏やかな時間が流れている。他のお客さんたちも、思い思いの時間を過ごす。……救急病棟じゃこうはいかないわね。すごく贅沢に時間を使っている気分。

『ところで』

「ん?」

『千尋は結婚したいの?』

疑問に思っていたことを尋ねる。

「………」

沈黙。何か、マズイ事聞いたかな。

「うん、したい……かも。」

素直な返事。

『そっか、良かった。“あんなこと”があったからさ、男の人が苦手になったんじゃないかって心配してた。』

「うん、今でもちょっと苦手だけどね。でも……」

『でも?』

「そろそろ独りでいるのに飽きちゃったみたい」

ニコッと笑ってみせる、千尋のその笑顔が少し痛々しい。

『好きな人はいるの?』

「いない」

『もしかして、お見合い?』

「分かんない」

これは、かなり重症ね。まぁ、私も人のこと言えないけど……。

『周りには、いいなって思えるような人、いないの? ほら、例えば男の先生とか』

千尋がしばらく考え込む。

「う~ん、一人……いるかも」

『へぇ! そうなんだ!』

意外。てっきり“いるわけないよぉ”なんて答えが返ってくるかと思った。

『どんな人?』

少し興味がある。

「う~ん、爽やかでマジメな人」

千尋の顔が、ポッと赤くなった。

『そっか! いいんじゃん?』

「いやいやいや! 校内で恋愛とか、生徒に顔向けできないよ!」

相変わらずカタいわね、千尋は。……まぁ、そういうところが好きなんだけど。

『いずれにしても、結婚できるといいね。応援するよ』

空のティーカップにうっすら残った液体が乾いて、茶色い輪を描いている。

『そろそろ、かな』

「あ、うん、そうだね。さあやと久しぶりにゆっくり話せて嬉しかったよ。」

『私も』

「いいな、さあやは」

『何が?』

「真司さんみたいな素敵な彼がいて」

……本当なら、ここでノロケるなり、照れるのが普通なんだろう。でも、私はそのどちらとも違う。複雑な気持ちだ。

『千尋にもいい人、できるよ』

自分のことには触れずに、千尋に返した。

レジでお互いお会計を済ませ、階段を下りて外に出る。

空はまだ少し明るいオレンジ色。夜の帳が下りるまであと少し。

『それじゃあね』

「うん、また連絡する」

お互い手を振って、別々の帰路を行く。

……さて、私にはもう一つやらなくちゃいけないことがある。

――彼、真司さんのことだ。

千尋の言うように、真司さんは非の打ち所のない彼氏だと思う。でも、どうしてだろう。彼のことを疎ましく思ってしまう瞬間があるの……。

LINEを開く。“未読”も2日以上続くとマズいだろうから。

彼と会うなら、今日しかない。明日は昼から病院だ。

「真司さん、ごめんね。仕事が忙しくって」

とだけ送る。

駅に向かって歩いていると、すぐにスマホが反応した。

彼からの連絡だ。一瞬ためらったけど、出る。

『はい……もしもし』

「もしもし、お疲れ様だったね。忙しかった?」

『うん……ごめんね。』

「仕方ないよ。仕事なんだから。……今日の夜は時間あるかな?」

『うん、大丈夫だよ』

「良かった! なら、今夜うちにおいでよ! 沙耶の好きなオムライス、作ってあげるからさ」

彼の優しさが、チクリと痛い。

『分かった。有難う……。じゃあ、今から行くね』

「OK! 待ってるよ」

通話が終わった。

会わないのも心苦しいし、会うとなったら少し面倒。

私……悪い女だ。

電車に乗って、有楽町駅に向かう。6時前には着きそうね。

彼は、有楽町駅から歩いて5分のマンションに住んでいる。金融庁に務めるエリート公務員の彼は、他の女性たちから見て魅力的だろう。頭が良くて紳士的で、しかも料理も上手。私のことも大切にしてくれる。

……なのに、なぜこんなにモヤモヤするのかしら。

有楽町駅に着いた。構内に響き渡る発車メロディーが、なんだか虚しくきこえる。

彼の家に向かう途中、薬局へ向かう。念のため、簡単なスキンケア用品を買っておこう。

買い物を済ませ外に出ると、少しポッチャリした可愛い女の人と一瞬目があった。

何だか雰囲気が、千尋と似てる……おっとりしてて。

千尋は、私には無いものを持っている。私も、もう少し彼女みたいに可愛ければ良かったのに。

―――彼のマンションのエントランスが見えてきた。



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【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。

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