「プロポーズ」を保留にする理由|12星座連載小説#20~乙女座2話~
【12星座 女たちの人生】第20話 ~乙女座-2~
前回までのお話はコチラ。
明け方5時半。救急患者のオペも終わったようだ。
それと同時に、私の今日の業務も終了だ。
「お疲れ様」
三浦さんがニッコリと微笑みかけてくれる。本当にタフな人だ。
『三浦さんこそ、お疲れ様でした』
私も返す。
私は人と目を合わせるのが苦手だ。多分三浦さんにも、とっつきにくい印象を与えてしまっているだろう。申し訳ない……。
「鈴木さん、一人暮らし?」
えっ。三浦さんからの唐突な質問。どうしよう、なんて返そう。
『あっ、はい。』
嘘ではない。実際、一人暮らしだ。
「そっかぁ。」
……読めない。この質問の意図は何なのだろう。
「救急病棟って、大変よね。私は家族をないがしろにしてるんじゃないかっていつも思っちゃう。こんな時間まで働いて、ダンナはよく許してくれてるなって思うわ」
……そうなんだ。三浦さんも苦労してるんだな。
なぜだか、心が少し楽になった。
『私も彼がいて……でも、なかなか会う予定を立てられなくて、迷惑かけてるんです』
「そうなのね。うちもたまにダンナと衝突するわ。でも、ケンカしているうちが良いのかもしれない。お互いが無関心になったら、それこそおしまいだもの」
ドキッ
今の言葉はチクリと胸に刺さった。
「鈴木さんも、彼とのコミュニケーションを大切にね」
そう言って、三浦さんは手を振り、去っていった。
交代の時間だ。私も帰り支度を始める。
着替えながら、カバンの中のスマホを取り出す。
2件……か。どちらも彼からのメールだ。
「お疲れ様。沙耶はまだ仕事かな? 無理しないでね」
「今週、いつ会える? 俺は金曜~土曜空いてるけど、沙耶は?」
……こんなに私に合わせてくれる男は、そういないだろう。
でも、私は今週末も仕事が詰まっている。彼と会う時間を作ることはできなさそう。
罪悪感だ……どうして彼は、私を選んだんだろう。彼ならもっと、彼好みの家庭的な女性と付き合えただろうに。
『ごめんね』
スマホに呟く。
彼、真司さんと付き合い始めてもう3年。
今でこそ落ち着いた関係だが、これまで何度もケンカがあった。……主に私の仕事のことで、だ。
救急病棟に移ってから、彼とはほとんど会えずにいる。
――ウイィィン
病院の自動ドアの無機質な音が響く。朝の空気が少し肌寒い。
ほんの1か月前、私は真司さんからプロポーズされた。
彼は優しくて思いやりもある。恋人としても夫としても申し分ない男性だ。
でも……私は未だに答えを出せずにいる。
彼を苦しめているのは分かっている。だけど、私は今の仕事を辞められない。そして、薬剤師になるという夢も捨てられないのだ。
―――やっぱり、結婚もしたい。
私はなんて狡いんだろう。欲しいもの全部を、この手で受け止めようと必死だ。そう、まるで子供がお菓子をねだるように。
……でも、受け止めようとすればするほど、何かがこぼれ落ちていく。欲しいもの全てを、自分の手の中に収めるなんて、ムリな話なのだ。
こんなことをしているうちに、真司さんは私を見限るだろう。
……当然のこと。
でも、私はそれでも平然としているのだろう。何か口実をつけて、自分を正当化するだけ。
それが私。相手が我慢の限界に達したら、「所詮そんなものだったのね」と都合が良いように解釈し、喜々と次のステージに進むのだ。
カチャ
帰宅して鍵を開ける。
『ただいま』
誰もいない部屋に囁いてみる……。
仕事から帰った私を、迎えてくれる存在がいたら、なんて温かいだろう。
「おかえり」の一言で、どんなに疲れが癒されることだろう。
ドサッ
荷物をおろし、そのままベットに倒れこむ。
私を必要としてくれ、選んでくれる彼を、どうして私は受け入れられないのだろう。
女として生まれながら、私は敢えて不自然な選択をしようとしているのではないか。結婚したとしても、仕事は続けられるはずなのに。
思い返せば、私はいつも“二者択一”で迷ってきた。
そして、自分では決断を下さず保留にする。
“流れに従う”という、消極的な決断を繰り返してきたのだ。
……結果的に誰かが傷つくとしても、私のせいではない。
『はぁぁぁ』
深いため息に、自分が嫌になる。
『……駄目ね』
そんなことを考えているうちに、眠気に襲われる。
彼にはまだ返信をしていない。
また、“保留”という選択をしていることに私は気づかぬまま、睡魔に身を委ねる。
次回、“第21話 「独身アラサー女子二人~看護師と高校教師と~」”は2月20日(月)配信予定。
【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。
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