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『孤独のグルメ』をはじめとして、様々な形で「食」を描いてきたテレビ東京の深夜ドラマ。井之脇海と金子大地がW主演で現在放送中の『晩餐ブルース』も、「食」を通して、多忙な現代人が少しずつ変化していくドラマだ。
プロデューサーは、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』や『今夜すきやきだよ』、『SHUT UP』の本間かなみ。脚本を『今夜すきやきだよ』、『SHUT UP』を手掛けた山西竜矢、灯敦生、高橋名月、阿部凌大が、監督を、こささりょうま、川和田恵真が務めている。
ドラマディレクターとしてテレビ局で働く田窪優太(井之脇海)は、高校の同級生の佐藤耕助(金子大地)や共通の友人・蒔田葵(草川拓弥)と再会する。仕事に忙殺されていた優太に対し、耕助が「“晩餐活動”(略して晩活)しようよ?」と持ち掛けるところから、物語は動き出すのだった。
おいしそうな料理の数々と、誰もが抱える生きづらさ
第1話で耕助は優太にほろほろになったお肉のカレーを作る。それはもちろんおいしそうで見ているだけで癒されるのだが、それ以上に毎回、心引かれるのは、優太たちがそれぞれ日々の中で感じている、そこはかとない生きづらさのリアリティである。
優太はディレクターとして仕事に忙殺されていて、「食べる」ということもおろそかになっていた。それだけでなく、ゴミが捨てられず家が散らかり放題。そんな部屋のベッドで横たわって携帯にTODOリストを追加していたときに、一筋の涙がひとりでに流れていく場面をみて、第1話の段階で、このドラマはすごいことを描いているのかもしれないと思った。
一方、耕助は有名レストランで料理人をしていたが、優太たちに会ったときにはすでにその店を辞めていたのに、それをふたりには言えずにいた。その背景には、やはり彼も仕事に忙殺されていたこと、そして同じように忙殺されていたレストランの同僚の池岡(伊島空)と協力しあう余裕がなく、自分だけがその状況に打ち勝てばよいと思っていたことがあった。池岡が人知れず辞めていったことをきっかけに、耕助は料理が楽しくなくなってしまい、仕事を辞めることになったのだった。

Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
葵は3人の中では唯一、結婚していたが離婚。そこにも、何かの理由があることが伺える。
第1話で耕助は、優太の姿を見てひとり「かすみそうみたいだな」とつぶやく。その言葉からは、単純に「はかなげ」なイメージを思い起こしたが、「かすみそうは、水に挿したまま、誰にも気付かれずにドライフラワーになるんです」というセリフを聞いて、優太だけでなく耕助も「かすみそう」であったのだとわかってはっとさせられる。耕助が優太のことをよく見ていて、そしてさりげなく手を差し伸べているのは、過去の自分を見ているかのようだからだろう。
ひと言で伝わる「生きづらさ」のリアリティ
このドラマは、優太、耕助、葵という晩餐活動をしている3人だけでなく、その周囲の登場人物も気になるキャラクターばかりなのである。
優太の同僚で、ドラマのプロデューサーである上野ゆい(穂志もえか)は、ドラマの会議で、ある登場人物が性自認を伝える場面の描写に対して、「誰かをふみつけるような表現をしたくない」と伝えると、「コンプラ女王」と先輩ディレクターから揶揄されてしまう。

Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
第4話でも会議のシーンが出てくる。上野が企画したドラマで登場人物が自分の恋心に気付くシーンに対して、男性スタッフたちが「エモくドカーンといけないですかね」「もうちょっと派手な感じで」「いっそ花火とか」と勝手に盛り上がったときに、「違うかもしれないですけど、もっとささやかな展開はなしですかね」とまた上野が遠慮がちに意見を言う。すると、男性スタッフたちは、「ちょっと地味じゃないですか」「好みの問題じゃない?」「上野さんの企画ですし、個人的な趣味に寄せてもいいんですけど」と言われて、表情を曇らせるシーンがあった。
その後、先輩に「すぐ怒んなよ、にこにこしてたほうがいいよ、もう30すぎた大人なんだからさ、世渡りくらいうまくやれよ」と言われると、「無理…」とこぼすのだった。こういうシーンを見ていると、このドラマで描かれている、日常で感じる「生きづらさ」の解像度の高さは、今ある様々な表現の中でも飛びぬけているのではないだろうかと思えてくる。
そんな上野に対して、さりげなく助け船を出すのが優太である。彼もまた、耕助と同じで、上野に対して、過去の自分を見ているような気持ちだったのではないだろうか。晩活をして「食べる」ことのもたらす心への影響を知っている優太は、会社で上野に、レンジでできる唐揚げを作ってあげるのだった。

Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
「食パン一斤をもらったら分け合えるような相手はいますか?」
第6話まで見た現時点で、私が気になってきている登場人物は、上野に対して「コンプラ女王」と揶揄したり、「すぐに怒んなよ」と諭した売れっ子先輩ディレクターの木山高志(石田卓也)である。
彼は、後輩が立ち上げ、後から合流したドラマついてのインタビューを受けて、あたかもそれが自分の手柄のように語ってしまうような人でもある。ちょっと優太が元気な雰囲気を見せると「彼女でもできた?」と言ったり、友達と晩活をしている優太に対して、「男とベタベタして楽しいの?そんな時間あるなら仕事すすめるほうがいいだろ」と偏見まるだしの発言をしてしまうような人である。正直、いいところはまったく描かれていないのだが、それでもなんとなく、彼が完全な悪役には見えないところがあるのだ。
彼はグルメを自称しているのだが、それは巷の評判の良いところで食べることが好きなだけで、優太たちのように、食べることを楽しんでいる感じでもない。

Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
優太は第6話で、撮影終わりの木山から、なかなか予約のとれない店の予約が入ったから一緒にどうかと誘われるが、晩活があるために断る。そのときに優太は木山に「見栄も嘘もいらない。食パン一斤もらったら分け合えるような相手、木山さんにもいませんか?」と問うのだが、そう言われた木山が、ちゃんと「喰らった」顔をしていて、なぜか見ていて泣けてきた。このドラマで泣きそうになったのは、人が忙しさに気づかずに限界を迎えているのに、それを見ないようにして無理していることを、誰かによって気付かされたときだ。
そのとき、優太も、耕助も、上野も、そして木山もこれを見ている自分自身も、「疲れている」という意味では、同じなのだと思えるのだ。
優しさだって、伝播するはず
ギスギスした気持ちは、伝播し、連鎖していく。それは、このドラマを見ているとわかることであるし、実際にも同じ経験をしたものは多いだろう。職場などで誰かひとりが、負のオ-ラをまき散らしたり、理不尽なことで人を責めていると、それを受けた人や、周りで見ていた人の、どこにも持っていけない気持ちは、ほかの誰かに知らず知らずのうちにぶつけられていく。その繰り返しで、雰囲気も悪くなってしまう。こんなことを経験したことがある人は少なくないだろう。
今は温厚な耕助だって、以前は苦しむ人を見過ごしていたことだってある。ドラマを中盤まで見て、第1話を見返した時、誰にでも優しい優太ですら、編集をしている金田(木村知貴)に対して、怒って大きな声を出していたシーンがあって、改めて驚いてしまった。優太だって、木山のようになってしまう未来だってあったのだ。

Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
しかし、このドラマを見ていると、その逆もあるのだと思わせられる。自分がつらい思いをした経験があるからこそ、人のつらさに気付くこともできる。ギスギスした空気だけではなく、人のつらさに気付いた結果身につけた「優しさ」だって伝播していくことだってあるのだ。それを知らず知らずに実践しているのが、耕助であり、優太である。
優太の言葉に「喰らった」木山がこの先、優太や上野のつらさに気付ける人になれば、この世の中も捨てたものではないし、そうなってほしいという思いがある(いや、あの表情があったからきっと彼も大丈夫だ)。この後の放送も見守っていきたい。
INFORMATION インフォメーション

1月期水ドラ25『晩餐ブルース』
ドラマは2025年3月7日現在、第7話まで放送。「U-NEXT」のほか「TELASA」「J:COM STREAM」「Prime Video」で配信中。Ⓒ「晩餐ブルース」製作委員会
出演:井之脇海、金子大地、草川拓弥、穂志もえか、石田卓也