ラストイヤーとなった昨年末の『M‐1グランプリ』(以下『M‐1』)で、6年ぶりの決勝進出を果たしたトム・ブラウンのお二人。有終の美を飾ったネタは、中毒性ある「コール」。
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左・布川ひろきさん、右・みちおさん
――最後の『M‐1』には、どのような気持ちで臨まれましたか?
みちおさん(以下、みちお):決勝進出が決まった時、優勝に呼ばれているような感じがあったんです。ただ当日、裏でネタの練習をしていたらめっちゃ間違えてたし、布川からも「テンポが速い」と言われて。そう考えると正気じゃなかったのかな。でも間違えずに元気にできてよかった。
布川ひろきさん(以下、布川):甘いな~、すごく甘い!
みちお:まぁよく考えたら間違えたっていいし好きにやればいいのに、真面目になりすぎたのかも。
――『M‐1』だから余計に?
みちお:前回決勝に進んだ’18年の頃はそこまでじゃなかったけど、キャリアを積んだからなのか、いつの頃からかちょっとでも間違えたらこのネタは終わり…と思うようになった気がします。
布川:ステージに向かうせり上がりで、みちおが急に「はっはっはっ」って言い出した時は、うるせーなってめっちゃ冷めたわ。
みちお:和ませたかったけど、そのぐらいしか思いつかなくて。
布川:僕はずっと冷静だったよ。客席の様子まで全部見てたから。
――へぇ~。その違いは?
布川:決勝当日の昼間、みちおとほぼ同じハゲで太った男に決勝ネタを覚えてもらってライブに出たおかげかな。借金が1億円あるカモメって芸人なんですけど。
みちお:変な練習の仕方! 僕は家でゆっくりしてました。
布川:でもラストイヤーで決勝に出られて、(パチンコ台の)「海物語」で確変が起こる時のマリンちゃんみたいに(モノマネで)「スーパーラッキー!」って感じ。サムは出てこなかったけど…。
みちお:サムが出てきたら?
布川:99.99…%ボーナス確定でスーパー激アツ!
みちお:スロット好きなのに「GOGO!ランプ」で例えないの?
――みちおさんが止めてくれるのかと思ったら…読者置いてけぼりですよ(笑)。
みちお:話広げちゃった(笑)。
布川:でも決勝ではやれるだけのことはしたし、すっきりしてます。録画をCMも飛ばさずにしっかり見直したけど、あれはちゃんと6位でした(笑)。妥当な結果。それに人生が変わるかもしれない大きなバトルの場で、仲のいい真空ジェシカとヤーレンズと一緒に漫才ができたのは楽しかったです。
みちお:僕はずっと『M‐1』出場を目標に生きてきたから、今は自分の半身が消えたみたい。悔しさはあるけど、その気持ちは今後のお笑いに向けて踏み込む力として、いい感じに昇華できそうです。
――’18年の決勝進出でまず知名度を上げたと思いますが、生活や環境は変わりましたか?
みちお:はい。それまで全くごはんを食べられなくて、道端の石を拾い削って宝石にして売って…いや、本当はむちゃくちゃバイトしてました(笑)。コンビニの夜勤。
布川:僕は早朝の別のコンビニで。
みちお:布川の店にヘルプで入って一緒に働いたこともありますよ。でも初めての決勝進出で知名度は0から一気に70%ぐらいになった感じ。そこから75、80、85になってまた80に戻るみたいな。
布川:当時、決勝戦を終えて家に帰ったら玄関のドアに、家賃○か月分をお支払いくださいというメモがあったのをすごい覚えてます。そのまま大家さんのところに行って「一応、『M‐1』の決勝に出たので、もう少ししたらたぶん払えます」と言ったら「それはお金を払えるようになる大会なの?」って聞かれて。お笑い好きには有名な大会だけど、まだまだ知らない人はいるよなって思ったんです。
みちお:ちなみに僕は決勝のあと、人から声をかけられたくて駅前でマスクも帽子もなしで1時間仁王立ちしてみたけど、誰からも声をかけられませんでした。まあネタも顔も怖いし不穏ですから(笑)。
布川:それが今回の決勝戦を終えて、いつも行ってる喉の病院の先生に「ダメでした。6位でした」と報告したら「6位すごいじゃん。1万組出てたんでしょ?」って言ってもらえて、また少しは知名度が上がったのかな。前はマンションの住人に会った時に挨拶をしてもロン毛が怖いのか無視されてたけど、今は年配の方から「テレビに出てる人よね?」って話しかけられるようにもなりました。
みちお:今は街中で声をかけられることも増えたよね。
スベれなくなったら終わりだと思う。(布川)
――お二人はとてもにこやかに丁寧に話されますが、“合体ネタ”のような狂気を帯びた芸風はどのように生まれましたか?
布川:まず、『M‐1』で審査員だった若林(正恭)さんから「テレビにたくさん出ているのに、よりクレイジーになって戻ってきたから本当にクレイジーな人たちなんだ」と言われましたけど、僕らはクレイジーではないと思ってます。
みちお:テレビに出てるとまろやかになってくるからね。ただ僕らは、面白いと思っていることをやっているだけ。合体ネタが生まれたのは、7年ぐらい前にファミレスで単独ライブのネタを作っている時。布川と別の芸人がいて、なんでもいいからネタ設定を考えてみてと言われたので、じゃあ一休さんを5人集めて“キング一休さん”作るってどう? って。そうしたら二人が、いいね! と言ったのが始まり。そういえばドラクエのスライムが合体してキングスライムになったり、ハエと人間が合体してハエ人間になる映画『ザ・フライ』、合体するロボットアニメなんかが昔から大好きだったんです。要素が合わさって強くなる感じが。それからは僕が20個ぐらいの設定を考えて布川に見せて、いいねって言われたものを一緒に作っていくスタイル。
――設定はどこで考えますか?
みちお:夜中の公園でブランコに揺られながら(笑)。ファミレスや喫茶店だと他に情報がありすぎて。でも真っ暗な公園でブランコに揺られていると、母親の胎内にいるようで落ち着くんです。
布川:なんかキモい。でも大事にしているのは、ボケのみちおがノるかどうか。そのほうがネタは面白くなるんです。こういう作り方する芸人はあまりいないと思う。
――基本、セリフと動きを繰り返す合体ネタは、ベースができればパパッと仕上がったりも?
布川:正直それはできます。だけど、面白いかどうかは別。ある程度の面白さをもう1段超えてお客さんを笑わせないと、お笑いにはならないと思っています。
みちお:ある時、僕がパパッと作ろうとしたら、布川から「お前は頭で考えてる。考えるな。考えないで考えろ。それを崩してもう一つ上の笑いにしたいから」と言われて、当時は全く意味がわからなかったけど、今はよくわかります。
――でもそれが1段超えた面白さかどうかはどう判断を?
布川:新ネタライブですね。お客さんにウケるかどうか。例えば剛力彩芽さんの顔を入れ替える「剛力」というネタは3本あって、僕らは1本目が一番いいだろうと思っていたら、理解してもらえないと思っていた3本目のほうがウケたり。僕らの面白いとお客さんの面白いが重なる時はすごく嬉しいです。でも新ネタライブでがっかりして帰る人はいっぱいいますよ。それでも、スベれなくなったら終わりだという気はします。
――ネタ覚えは大変そうですが。
みちお:本番前に細かいボケや言い回しを変えることがあるんですが、僕はリズムと順番で覚え込むので、少しの変更でも覚え直しになる。そのほうが大変です。
布川:決勝で披露したネタ「コール」では、僕は死んでればいいんで楽です(笑)。昔は「これは一体どうなっちゃうんだー!」ってところでよく喉を酷使していたので、漢方を飲んだり台湾の飴を食べたりのケアもしていて。あとは本番前カラオケでザ・ハイロウズの「青春」を歌います。この曲は僕のキーより高いんですが、声の出がいいか悪いかを確認できるし、発声練習みたいな感じ。でも本当に大事な出演の時だけで、普段は何時まででも酒を飲みます。
みちお:目を瞑ったまま僕の頭をはたかなきゃいけないのは、座頭市みたいなしんどさがあるもんね。
布川:一度薄目でやったらお客さんにバレてウケが悪くて。だから完全に目を瞑って、気配で感じ取るようになりました。ただ、立ち位置が動くネタの時は大変。
――足をルンバに乗せた時とか。
布川:あははは、そうです!(笑) 実はあれめちゃくちゃ足に乳酸溜まるんですよ。だからエスカレーターをやめて階段を使うようになったら、筋肉がついたのか少しだけ楽になりました。
――そんな苦労も…。結成17年目になり後輩も増える中、どのようにお笑いを続けられたいですか?
布川:こうやっておけばいいでしょ、はしたくない。少しでも手を抜くと、お客さんにバレますし。
みちお:あと、後輩に真似されるような芸人にはなりたくないです。独自の道を突き進んで、真似できないと思われる芸人を目指したい。例えばオードリーさんみたいな。
布川:昨年は単独ライブを追加公演までできて、しかもチケットも完売。今年は総動員数が1万人超えそうなんですが、それをどんどん伸ばしていきたいですね。あとは漫才だけじゃなくコントのクオリティも上げていきたいです。
みちお:僕はネタを作っている時と、面白いものができた時の感覚が好きで。だから面白いを更新しながらネタを作り続けたいです。
布川:そして全ての人を笑わせられるような芸人になりたい。まあつまり誰もが知る「海物語」になりたい。「スーパーラッキー!」
みちお:♪てれっててれれ~。
――だからみちおさんが止めてください(笑)。
二人:あはははは!
PROFILE プロフィール
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左・布川ひろき、右・みちお
ぬのかわ・ひろき 1984年1月28日生まれ、北海道出身。みちお 1984年12月29日生まれ、北海道出身。2009年にコンビ結成。’18年と、ラストイヤーとなった’24年の『M‐1グランプリ』で決勝進出。バラエティ番組『道産人間オズブラウン』(札幌テレビほか)、オールナイトニッポンPODCAST『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』にレギュラー出演中。
INFORMATION インフォメーション
トム・ブラウン単独ツアー2025「15 年に1 度の東名阪ツアー前借り『初めての感情』」は5月9日(金)大阪を皮切りに福岡、北海道、東京など10都市で開催。
anan 2436号(2025年2月26日発売)より