世間的な価値観の“蚊帳の外”で幸せを享受するフジイに夢中!
素敵なパートナーがいて、仕事ができ、友達にも恵まれている。誰もが羨む人生かもしれないが、幸せの形はそれぞれで、他人がジャッジすべきではない。“藤井”を見ていると痛感するのだが、鍋倉夫さんはそんな稀有な主人公についてこう語る。
「世の中の空気がどんどん不寛容になっている気がして、普段自分が感じているモヤモヤを具現化した結果、生まれたキャラクターです。こんな人、現実にはいないかもしれないけれど、願望込みで描いています」
藤井は40代独身で非正規社員。結婚式に一度も呼ばれたことがなく、会社でもどこか軽んじられている。社交性があるわけではなく、いつも周りから浮いているが、かといって人嫌いというのでもなさそうだ。
「最初は、いつも笑っているような優しい顔つきにしていたのですが、あまりしっくりこなくて。今のようなちょっと目付きの悪い、への字口にしてみたら、うまくハマりました。見た目が違うだけで印象がこうも変わるのかと、キャラクターデザインの大切さを実感しました」
会社や学校では冴えない人物で通っているけれども実は…、という展開は青年マンガの王道といえるが、藤井の場合は裏の顔や秘めた能力なども特にない。ギターや絵画、陶芸など意外と多趣味でいろんなことに手を出しているけれど、どれもそれなり。会社の外で特に親しくしているような人も、やはりいない。しかし一見「つまらなそう」とか「寂しそう」などと切り捨ててしまいがちな日常の解像度を上げていくと、実に満ち足りていて楽しそうなのだ。
「何も持っていないように見えるけど、幸せに生きる才能みたいなものを持っているんですよね。そんな魅力に気づく人もいれば、ピンとこない人もいる。いろんな出来事や人物を藤井に当ててみて、彼ならどう振る舞うだろうと考えつつ、聖人として描かないよう気をつけています」
主人公なのに、内面が一切描かれないのもポイント。読者は周辺のキャラクターの視点を通して、表情の乏しい藤井がどんな感情を抱いているのか推し量り、じわじわと彼のことが気になってしかたなくなる。
「タイトルにも込めているのですが、すれ違うだけの人というニュアンスで藤井を描いています。誰と接しても変わらない人っているじゃないですか。自分はそうじゃないので、いつもブレずにどっしりしている人が羨ましい。藤井はたぶん、そういうタイプなのかもしれないですね」
『路傍のフジイ』3 小さな幸せを楽しむ日々、そして知られざる中学時代が描かれる3巻。何も持っていないはずなのに彼のようになりたいと思わせる不思議な魅力がクセになる! 小学館 770円 ©鍋倉夫/小学館
なべくらお マンガ家。アフタヌーン四季賞で大賞を受賞してデビュー。著作に、プロ棋士の道を絶たれた青年が再起を図る『リボーンの棋士』(全7巻)。
※『anan』2024年10月9日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)