暗い~、ハッピーになれない~! だけど観てほしい! “善意”を問いかける『水平線』

エンタメ
2024.03.05
正直言って、超重量級。だけど、ご覧いただきたいの。なぜなら、おこもりコロナ禍を経て、リアルで人に会えるようになった今だからこそ、「人への優しさ」っていったいなんなのかを考えさせられるはずだから。それが『水平線』です。

善意ってなんなんでしょうね…。

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舞台は福島。亡くなった人の遺骨を海に散骨する個人事業を営む井口(ピエール瀧)は、水産加工場で働く娘の奈生と2人暮らし。実は彼、東日本大震災で妻を失い、いまだ遺骨が見つからないでいるもんだから、散骨業自体も複雑な気持ちだし、なんなら娘はそんな父とは微妙に距離をとっているのね。そんな井口のところに、なにかワケアリの男性が、自分の兄の遺骨を持ち込みます。後日、彼を訪ねてきたニュース動画サイトの記者によって、ワケアリ男性が持ち込んだ遺骨は、数年前に大ニュースになった連続通り魔事件の犯人のものだったことが明らかに。一方、奈生はしょっちゅう欠勤や早退をする職場の同僚の女性にちょいとイライラ。シングルマザーで一人息子がいるからと、事情をくみとってつきあってるんだけど、同僚のお願いごとはエスカレート…。中盤までは井口と記者のエピソード、奈生と職場のエピソードが別々に進むんだけど、終盤でものの見事に収束していくという群像劇。もはや、誰も幸せじゃない、八方塞がり感半端ない人しか出てこない社会派です。超胸クソなことがたくさん起きるし、暗い~、ハッピーになれない~! だけど観てほしいのよ。なぜなら、この映画に出てくる人たちってみんな、特別なことは求めてないし、ささやかな幸せを願っている「フツーの人」ばかりだから。

で、勘違いしてほしくないのが、登場人物には一人も悪人はいないってこと。井口と奈生はもちろん、奈生の同僚も、基本的には善人。物語をかき乱す役割で登場する記者ですら、多少の悪意はあるにせよ、言ってることはごもっとも(仕事の仕方に問題があるので、やってることは反省しろ、なんだけど)。ここ、すごい重要。じつは善意って人それぞれだし、他者からするとそれが善意じゃなくておせっかい、またはマジで害でしかないことになりかねないってことなのよ。特にこの作品に登場する人たちは、みんな抱えてることが非常にパーソナルなので、他の人とその痛みを共有することも、理解してもらうことも難しいの。そこで強烈な対立分子になるのが記者ってわけ。ほら、記者の人は仕事とはいえ、社会正義の名のもとにガンガン踏み込んでいっちゃうから。この空気の読めない感じが、んまぁ~イラッとすること!

なにせすごいのは井口役のピエールさん。記者と対峙するのは彼だけなので、その緊迫感と説得力たるや。セリフは少ないけど、負ってる業の深さがビシビシ伝わる強烈な芝居なのですよ。そもそも家族の遺骨が見つかってないのに、埋葬場所や費用の工面がつかない人のために散骨業をしてるキャラクターだから、複雑な気持ちなのは当たり前。でも、ピエールさんが演じることで、ふしぶしで醸し出す空元気的な明るさが見事に空虚さのアクセントになるの。いやー、ぶったまげた。この衝撃、スクリーンで体感いただかないことには始まりません。ぜひとも劇場に駆けつけておくんなまし!

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『水平線』 監督/小林且弥 脚本/齋藤孝 出演/ピエール瀧、栗林藍希、足立智充、内田慈、押田岳、円井わん、渡辺哲ほか 3月1日よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー。©2023 STUDIO NAYURA

※『anan』2024年3月6日号より。文・よしひろまさみち

(by anan編集部)

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