
小説『きずもの』の作者、西 加奈子さんにインタビュー。
私たちには私たちの速度があるんじゃないかという気がしてきて
「長編を書く時は、最初に明確なテーマを決めるというより、書いているうちに身体にストックされていた気になっていることが出てくる、という感じです」
と、西加奈子さん。新作長編『きずもの』は複数の友人同士の関係の変遷を描く物語。新聞連載の依頼を受けたのが約5年前で、その時気になっていたのは日本の著名人の違法薬物使用に対するバッシングの強さ。
「私が2019年から約3年間住んだカナダのバンクーバーはドラッグユーザーも私たちと同じ市民であり、薬物依存は一種の病気だから彼らにスティグマを与えるなということに注力していて驚きました」
場所が変われば価値観が変わる。また、年月による変化も感じていた。
「日本もこの10年ほどで正しさの定義が変わったし、自分にも年齢的な変化がある。場所や年月によって変わるもの、変わらないものが、自分の中に押し寄せてきました」
本作の主人公の一人は40代の小説家、貢。少年時代、地味な貢にとって運動が得意な幼馴染みの猛は英雄的な存在だった。大人になった今、貢は小説家となりモテはじめ、地元にとどまった猛とは立場が逆転。しかし貢は若い女性と薬物使用のスキャンダルを起こしてしまう。
「大人になり地位を得て急にモテだす男の人っていませんか。そういう人が一線を越えてしまうことってあるなと思って。自分も、もし男性で貢みたいな人生を送ったらそうなってしまうかもしれないと思いました」
一方、貢とスキャンダルを起こした遙はバンクーバーに住む友人・万千花のもとへ身を寄せる。万千花は現地文化に染まっていて……。
「私はずっと北米に憧れて、リベラルなバンクーバーって素晴らしいと思っていました。でもやっぱり私は日本人だし、リベラリズムやフェミニズムを進めるにしても、私たちには私たちの速度があるんじゃないかという気がしてきて。万千花には北米に憧れていた自分を投影し、同時に、“自分、どないしてん”という目線を遙に投影しました」
また、貢の妻・頼子と、善恵という40代の友人同士も登場する。
「この二人は書いているうちにどんどん大切な存在になりました。私と同世代で、女性にとって残酷だった’90年代、’00年代初頭を生き延びてきた戦友のような気持ち。この二人は私にとってギフトでした」
特に、他者のジャッジを気にせず泰然としている頼子が印象的。
「インターネットもなくて他者からどう見られているかが可視化されていない頃は、みんな好きなことをやって満足してた。頼子はその頃から変わっていないだけなんです」
登場人物たちのさまざまな思いが響いてくる本作。タイトルに込めた思いも聞いてみた。
「昔は、女性に対して傷物(きずもの)というひどい表現がありました。でも、傷がない人間なんていないですよね」
傷があっても、自分が自分であることが尊い。そんな思いが湧き上がってくる、熱い一冊だ。
Profile
西 加奈子
にし・かなこ 2004年に『あおい』でデビュー。’07年『通天閣』で織田作之助賞、’15年『サラバ!』で直木賞、’23年『くもをさがす』で読売文学賞随筆・紀行賞を受賞。著書に『ふくわらい』など。
information
『きずもの』
幼馴染みの田持猛が自宅に火をつけた頃、松川貢は小説家として成功をおさめていたが……。複数の“2人組”の関係の変化を描く。
小学館 2200円
anan 2515号(2026年10月14日発売)より































