志村 昌美

“韓国のトップスター”チョン・イルが熱望「日本の俳優とコラボレーションしたい」

2023.4.26
映画界のなかでもいまもっとも勢いがある国の一つといえば、アジアを牽引する韓国。そこで、本国では『パラサイト 半地下の家族』に続く傑作との呼び声も高い最新作『高速道路家族』(公開中)をご紹介します。今回は、主演を務めたこちらの方にお話をうかがってきました。

チョン・イルさん

【映画、ときどき私】 vol. 573

とある理由から高速道路で暮らすことになってしまった一家の父親ギウを演じたチョン・イルさん。ドラマ『太陽を抱く月』や『ポッサム ~愛と運命を盗んだ男~』などで知られ、さわやかなイケメンぶりで人気を博してきましたが、本作ではホームレス役に挑んで大きな話題となっています。そこで、オファーを受けた理由や現場での苦労、そして変化した理想の夫婦像などについて語っていただきました。

―今回の役は、これまでのイメージを大きく変えてしまうような役どころでしたが、そこに対する不安はありませんでしたか?

チョン・イルさん 本作は僕にとっては7年ぶりの映画復帰となったので、やはり怖さもありました。でも、このギウという役柄は、いろんな姿が表現できる役どころでもあるので、俳優なら誰もが演じてみたいと感じるようなキャラクター。そういう意味でも自分にとって大きなチャレンジになるだろうと思い、不安はありましたが、挑戦することにしました。

―オファーを受けたときは、ちょうどいままでとは違う役を演じたいと考えていたときだったとか。なぜそう思われていたのでしょうか。

チョン・イルさん 僕が演技を始めてから17年になりますが、自分のなかで大きな悩みの1つは、みなさんが持っているイメージを持ち続けるべきか、それとも変化をつけるべきか。ここがいつもジレンマとなっています。ただ、俳優というのはいまあるポジションに安住することなく、つねに成長を見せてこそ俳優ではないかなと。この仕事を長く続けていくためにも、そういう考えに至りました。

自分にとっては、プレゼントのような作品になった

―演じ終えたいま、改めてどのようなお気持ちかをお聞かせください。

チョン・イルさん 韓国で公開されたときには、観客だけでなく俳優仲間やメディアからも「いままでのチョン・イルとは違う新しい姿を見ることができた」といった声をたくさん聞くことができてとてもうれしかったです。それらは僕にとっては最高の賛辞ですし、自信を得ることもできたので、『高速道路家族』は僕にとってプレゼントのような作品となりました。

この役を演じたからといって、今後も刺激の強い役を演じたいというわけではありませんが、これからはいままでよりも幅広い役柄やいろんなキャラクターを演じることになるんじゃないかなとは思っています。

―本当に素晴らしい演技でしたが、演じる際に気をつけていたのはどのようなことですか?

チョン・イルさん パッと見たときに、もしかしたらギウは悪役のようにも見えてしまうかもしれません。でも、そうならないようにしたいと考えていたので、ここに関しては監督ともよく相談をしました。というのも、彼にとって家族はこの世のすべてであり、生きる理由。それを表現するために、家族といるときは底抜けに明るくし、家族を失ってしまったときとの感情の差をうまく見せることにしました。

監督からも「後半の感情的な部分よりも、家族と一緒にいる前半でいかに幸せな姿を見せられるかが大切。それができてはじめて、ギウが抱える痛みがしっかりと理解できるようになる」と何度も言われたほどです。それだけに、子役の子どもたちといかに仲良くなれるかが大事でした。

ハードな現場で支えとなっていたのは、責任感

―なるほど。では、ご自身にとって印象的なシーンといえば?

チョン・イルさん 途中でヨンソンという女性に通報されてギウが子どもと逃げるシーンがありますが、監督にはここが一番重要になると言われました。なぜなら、この場面を境にギウの感情がどんどんと変化していくので、ここを最大限に表現できないと本作におけるターニングポイントがきちんと映らなくなってしまうからです。あのシーンに関しては、俳優だけでなく、スタッフも含めたみんなで丹精込めて作りました。

―今回は、肉体的にも精神的にもかなりハードだったと思いますが、現場でのご自身を支えてくれたものは何ですか?

チョン・イルさん それは、責任感です。出演するかどうかは自分自身で決めたことなので、結果に関係なく、作品に対しては責任感を持って取り組むべきだと考えています。それに、俳優以外にもいろんな職業の方が関わっているので、大変なのは僕だけではありません。それぞれに大変なことを担っており、みんながちゃんとそれをやり遂げてこそ成果が得られるものですよね。もちろんその過程につらいこともありますが、いまはその苦労も楽しむようにしています。

―チョン・イルさんが思うこの作品の見どころはどんなところですか?

チョン・イルさん 本当にさまざまな解釈ができる映画で、観る方によって受け取り方も違ってくるのが大きな魅力だと思っています。僕自身はすでに6回観ていますが、観るたびに感情移入するキャラクターが違いますし、視点や立場が変われば感じ方も変わってくるのでそこがおもしろいなと。しかも、家族の意味についても改めて考えさせられるので、ぜひみなさんにオススメしたいです。

理想の夫婦関係が崩されたところもあった

―本作を経て、ご自身の家族に対する思いに変化もあったのでは?

チョン・イルさん そうですね。普段、僕も両親も忙しいからというのはありますが、家族の存在がつい二の次になっていたところはあったと気づかされました。でも、本作に関わったことで、家族の意味だけでなく、一緒にいるときはちゃんと楽しんで幸せな時間を過ごすことがいかに大切かを考えることに。どんなときでも自分の味方でいてくれる家族には感謝していますし、僕にとってはつねに大きな支えになっています。

―本作では家族だけでなく、夫婦についても描かれているので、ご自身が思い描いていた夫婦の理想像や価値観にも影響を与えたところもあったのではないかなと。

チョン・イルさん 劇中では、男性からするとちょっと残念な部分があったり、女性から見るともどかしいと思うところがあったりするので、夫婦関係がとても現実的に描かれていると感じました。といっても、僕はまだ結婚をしていないので、夫婦がどういうものかはっきりとはわかりません。

でも、「これがリアルな夫婦関係なのかな?」と考えるようになったので、「自分はこうならないようにしよう」と思っているところです。漠然と抱いていた理想の夫婦関係がこの映画によって崩されたところはあったかもしれませんね(笑)。

―ギウの行動は「ただ家族を幸せにしたい」という思いからでしたが、いまのチョン・イルさんを幸せにしてくれるのは何ですか?

チョン・イルさん 最近は、「自分自身をより愛してあげよう」と意識するようにしています。というのも、ひとたび仕事となると僕は自分を追い詰めるタイプで、「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」とじっとしていられないほうなので。いまは、ちょうど2か月ほどお休みをもらえているので、いまのうちに自分自身をしっかりと休ませ、内面に育むことにフォーカスしたいと考えています。

日本の文化は、昔からとても身近に感じている

―ちなみに、忙しいなかでオンオフはどのようにして切り替えているのでしょうか。

チョン・イルさん 1つの作品が終わったら1人で旅に出てたくさん歩き、本来のチョン・イルに戻してオフにします。ただ、オンにするときはどんな作品でもつらい思いをするので、それは毎回大変な過程です。つねに自分のなかで悪戦苦闘してそのキャラクターに入り込むため、地獄のような時間とも言えますね…。そろそろ次の作品に入るための準備に取り掛からないといけないのですが、実はいまもちょっと怖いと思っているところです(笑)。

―大変な作業ですね。では、日本についてもおうかがいしたいのですが、日本で好きなものや影響を受けていることなどがあれば教えてください。

チョン・イルさん 個人的なことで言うと、僕の母が昔から日本とは仕事上の関係が深いので、日本の文化には以前からたくさん接してきました。日本には友達もいますし、いままでにいろんなところを旅行しているので、日本文化は僕にとって非常に身近なものです。最近も、香川県の直島に家族と行ってきたばかり。僕は大都会よりも自然を好むほうですし、ミュージアムやギャラリーを見るのも好きなので、とても楽しかったです。

あと、イ・サンムン監督も僕も、一番尊敬している日本の監督は是枝裕和監督です。本作をご覧いただいたときに、もしかしたら序盤でなんとなく日本っぽいものを感じる方がいるかもしれませんが、少なからず影響を受けていると思っています。是枝監督とは去年の釜山国際映画祭でお会いした際にも、少しお話をさせていただいたこともあったほど大好きです。

日本の作品で俳優として挨拶できるようにがんばりたい

―ということは、日本でもお仕事したいと考えていらっしゃるのでは?

チョン・イルさん 日本の俳優と韓国の俳優がコラボレーションする機会はこれからどんどん増えると思うので、特定の誰かと共演したいというよりもそういう機会に恵まれたらいいなとは思っています。ファンミーティングだけで日本を訪れるのではなく、日本の作品のなかで俳優としてみなさんにご挨拶できるようになりたいです。そのためにも、もっと一生懸命に日本語の勉強をして、準備できるようにがんばります。

―楽しみにしています。それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

チョン・イルさん 久しぶりに映画を通してみなさんに挨拶をすることになったので、日本の方々がこの作品をどのようにご覧になるのかがとても楽しみでワクワクしているところです。いつもみなさんが送ってくださる愛情に対して、いい演技で応えていきたいと思っています。僕も目を通すようにするので、映画をご覧になったあとは、SNSなどで感想をアップしていただけたらうれしいです。『高速道路家族』にたくさんの関心を寄せてくださるように、よろしくお願いします。

インタビューを終えてみて…。

終始優しい笑顔を浮かべ、癒し系のオーラをまとっているチョン・イルさん。役が決まってからは髪を切らず髭も剃らずに役作りをしたというだけあって、劇中とはまるで別人で驚かされました。俳優として新境地を切り開いたチョン・イルさんの見たこともない表情に、ぜひ注目してみてください。また、日本語もかなり上達されているようなので、今後日本での活動にも期待です。

家族への思いに、心が揺さぶられる!

先が読めない展開と俳優陣の熱演に、衝撃のラストまでどんどんと引き込まれる本作。それぞれのキャラクターに共感するとともに、「自分にとって家族とは何か」について改めて考えさせられる必見の1本です。


写真・幸喜ひかり(チョン・イル) 取材、文・志村昌美

ストーリー

夜空の月を照明として、テントで暮らすギウと3人の家族。彼らは高速道路のサービスエリアを転々とし、二度と会うことのない人たちにお金を借りながら食いつないでいた。ところがある日、すでにお金を借りたことのある女性ヨンソンと別のサービスエリアで再び遭遇してしまう。

不審に思ったヨンソンは警察に連絡し、ギウは拘束される。ヨンソンは残されたギウの妻ジスクと2人の子どもたちを放っておけず、家へ連れて帰って一緒に暮らすことにするのだが、想像もつかない結末が待ち受けることに…。

目が離せない予告編はこちら!

作品情報

『高速道路家族』
シネマート新宿ほか全国順次公開中
配給:AMGエンタテインメント
https://kousokudouro-kazoku.jp/
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