
いま明かされるエリザベス女王の素顔「ここまでユーモアのセンスがあるとは…」
『エリザベス 女王陛下の微笑み』

【映画、ときどき私】 vol. 492
1952年に25歳の若さで即位し、いまや“世界でもっとも有名な女性”とも呼ばれるエリザベス2世。100年近くになる人生のなかで、さまざまな歴史や文化、そして事件と向き合ってきた。
“お城に住むお伽話の主人公”のような存在であり、実態はベールに包まれてきたが、1930年代から2020年代までのアーカイブ映像で明かされるのは、ゲームや競馬にはしゃぐキュートな姿や各世代のスーパースターたちとの華やかな様子。そこから垣間見ることができるエリザベス女王の素顔とは……。
本作は、『ノッティングヒルの恋人』などを生み出し、多くの映画ファンに愛されたロジャー・ミッシェル監督が手掛けた最後の作品。コロナ禍で次回作の撮影ができないなか、2021年9月に急逝する直前まで新たな試みに挑戦し続けた意欲作です。そこで、監督の思いを誰よりも知るこちらの方にお話をうかがってきました。
ケヴィン・ローダーさん

ロジャー・ミッシェル監督(写真・左)から声をかけられ、企画の立ち上げから携わってきたプロデューサーのケヴィンさん(同・右)。今回は、完成までの道のりやエリザベス女王の魅力、そして監督が伝えたかったことなどについて語っていただきました。
―当初、監督と話し合いをする際に用意されていたテーマリストには、幅広いジャンルが並んでいたそうですが、そのなかからエリザベス女王を選んだ一番の決め手は何でしたか?
ケヴィンさん もともとロジャーから言われていたコンセプトは、「アーカイブ素材を使ってドキュメンタリーを作ろう」というものでした。そこで、一番映像が不足しない題材といえば、エリザベス女王ではないかなと。何といっても、90年分以上はありますからね(笑)。
そういった理由もありましたが、もうひとつにはフィルムメイカーとして大胆なものを作れるチャンスでもあると感じたからです。特に、王室に関してはこれまでさまざまな映像作品が制作されていますが、どこか同じような慣例的なものばかり。それをまったく違うやり方で作ったら、おもしろいことになるのではないかと思ったのです。もちろん、女王は僕らにインスパイアを与えてくれる存在でもありますが、本作では女王という概念を掘り下げるものしたいと考えました。
―本作がありきたりなドキュメンタリーではないのもうなずけます。とはいえ、王室サイドから細かくチェックされることもあったのではないでしょうか。
ケヴィンさん 彼らから制限や変更を求められることはもちろん、そういったことを匂わせることすらありませんでしたね。ただ、王室のホームビデオや普段なら見られないような映像に関しては、権利を持っている王室に許可をもらわないと使えない素材だったので、事前にこちらの意図を聞かれることはありました。
その際に、これまでの王室モノとは違うものになるという話はしていましたが、リスペクトと愛情が表現された作品になることもしっかりと説明していたので、きちんと理解もらえてよかったです。あとは、王室関連の映像が揃っているライブラリーのなかから、おもしろい映像が出てこないかをひたすら探し続けるという作業をしました。
見習うべきは、他人や世界に対する好奇心

―そういった努力があったからこそ、あれほど興味深い映像がそろったのですね。リサーチを進めるなかでは、女王の知られざる一面に驚くようなこともありましたか?
ケヴィンさん 以前から、ユーモアのセンスをお持ちだと思ってはいましたが、ここまでとは予想していませんでしたね。女王は本当に機知に富んでいて、物事を楽しむ気持ちに溢れている方だと思っています。
劇中で「女王は自分のことをコメディアンだと思っているに違いない」と言うコメディアンのシーンがあり、それは会う人みんなが女王に対して笑顔を向けることへのジョークですが、実際の彼女も成熟したユーモアをお持ちではないかなと。公務などでつねに行儀よくしていないといけない立場だからこそ、正気を保つためにも女王にはユーモアが必要だと感じました。直接お会いしたことはありませんが、もし一緒に過ごすことができたら、きっとすごく楽しいと思います。
―では、ananwebの読者がエリザベス女王の生き方から学ぶとしたらどんなことが挙げられますか?
ケヴィンさん 「健康的な生き方が長い人生につながる」というのを実践されている方ですが、僕からすると女王から見習うべきは、他人や世界に対する好奇心。そういったことをつねに意識し、興味を持って向き合うことができるからこそ、96歳になったいまなおアクティブでいられるのかなと思います。なので、みなさんにも好奇心と興味を持つことはいつまでも大事にしていただきたいですね。
少女時代に学んだことを自身の人生で体現している

―在位から70年間は、楽しいことばかりではなく、さまざまなプレッシャーやスキャンダルにも見舞われてきました。そんななかでも、エリザベス女王を支えていたものは何だと感じましたか?
ケヴィンさん どんなことがあっても尊厳を失わずに凛とされているのは、強さを持っているからだと思いますが、おそらくそれは少女時代の戦争体験によるものではないでしょうか。特に、女王の両親は、ロンドンが爆撃を受けてもほかの場所に避難することなく、被害に遭った方々に会いに行ったりされていましたので。10代の頃にそういう姿を目の当たりにし、自分も戦争を生き抜いてきたのは大きかったのではないかなと思います。
そういったことをきっかけに、尊厳を持ちながら強くいなければいけない、そして周りの人たちに対して思いやりを持ち、つねに仕事熱心に励むべきだ、と自分で思われたのかもしれないですね。実際、ご自身の人生を持ってそれを見事に体現されていると感じています。
―また、本連載では昨年『ブラックバード 家族が家族であるうちに』でロジャー・ミッシェル監督へ取材をさせていただいており、映画作りの楽しさなどを教えていただきました。本作の制作過程で、監督との忘れられない思い出についてもお聞かせください。
ケヴィンさん 今回、女王の報道担当官と事前に朝8時半からブレックファーストミーティングをする機会があり、当初はバッキンガム宮殿で行われる予定だったので、ロジャーも僕もすごくワクワクしていたんです。
ところが、直前で「宮殿内に工事が入ってしまったから近くのカフェでやりましょう」と。残念な思いのままカフェに行ったら、まだカフェが開いていない。そのときに、「これは作品にとって悪い兆しなんじゃないだろうか」と2人で一緒に心配な気持ちになってしまったことを思い出しますね(笑)。でも、担当の方ときちんと話をすることができ、僕たちのビジョンも理解していただけたのでよかったです。
観客のみなさんと一緒に歩んでいる感覚を味わえる

―まもなく公開を迎える日本についておうかがいしますが、ケヴィンさんはどのような印象をお持ちですか?
ケヴィンさん 日本にはまだ行ったことがないのですが、“死ぬまでに行きたい場所のリスト”には入れています。というのも、僕の子どもたちがアニメ好きで、家でもよく日本のアニメを観ていることもあり、僕自身も興味を持っているからです。自分が10代の頃はまだ日本に関する情報があまりありませんでしたが、いまはロンドンにも日本レストランはたくさんありますし、若者たちが日本のカルチャーから影響を受けているので、そういったところから学ぶことはいろいろとあります。
僕個人としては、学生時代に溝口健二監督や小津安二郎監督をはじめとする日本の素晴らしい映画作家たちの作品を数多く観て、インスピレーションを受けました。そのため、日本の歴史的な部分について知っていることは、すべて20世紀の名匠たちによる傑作からの知識です。いずれにしても、日本の文化というのは、ワクワクするような鮮烈な文化だと思っています。
―日本にもエリザベス女王のファンは多いので、見どころなどを含めてメッセージをお願いします。
ケヴィンさん 本作は王室を題材にしたこれまでの作品とは違った形で描いているので、人間としてまたシンボルとしてのエリザベス女王について考えるきっかけになればいいなと思っています。そして、彼女といえば、ここ90年にわたる歴史の真っ只中にいた存在。そういう意味でも興味深いですし、観客のみなさんも自分の人生と一緒に歩んできた感覚が味わえるはずです。とても温かい気持ちになりますし、それが感動にもつながると思うので、ぜひ楽しんでください。
人々が愛さずにはいられない理由がある!

ミステリアスでありながら親近感があり、強靭でありながらチャーミングでもあるという多面的な魅力に溢れるエリザベス女王。これまで見たことのない女王の新たな素顔に驚くとともに、その生きざまには誰もが魅了されてしまうはずです。
取材、文・志村昌美
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作品情報
『エリザベス 女王陛下の微笑み』
6月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国公開
配給:STAR CHANNEL MOVIES
https://elizabethmovie70.com/
©Elizabeth Productions Limited 2021