志村 昌美

子ども10人の大家族から学ぶ、結婚から39年でも「恋する夫婦の秘訣」

2022.5.19
誰もが一度は悩みを抱えたことがある問題といえば、家族やパートナーとの関係について。そこで、ある実在の夫婦から学びを得られる注目のドキュメンタリーをご紹介します。

『人生ドライブ』

【映画、ときどき私】 vol. 485

熊本県宇土市で暮らすのは、7男3女の子どもに恵まれた岸英治さんと信子さんの夫婦。今年で結婚から39年が経つ2人は、ドライブをしながらこれまでを振り返ることに。岸家では、子どもたちが月に一度だけ自分が生まれた日にお父さんかお母さんを独り占めできる日や夫婦だけで過ごす日を設けたり、60代を過ぎたいまでもお互いを名前で呼び合ったりして、仲睦まじく過ごしていた。

そんななか、自宅の全焼や熊本地震、緊急入院など、さまざまな困難が家族に襲いかかる。それでも、英治さんと信子さんは、ときに2人で、またあるときは家族とともに乗り越えてきた。山あり谷ありの道を走り続けてきた2人が抱える思いとは……。

熊本県民テレビ開局 40 周年を記念して制作された本作は、同局が2000年頃から21年にわたって岸家を密着した映像を再編集した劇場版。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

城戸涼子監督

2002 年 から熊本県民テレビで報道記者としてキャリアをスタートさせて以降、幅広いジャンルで20本以上のドキュメンタリー制作に携わってきた城戸監督。今回は、岸さん一家と触れ合うなかで教えられたことや撮影の裏側などについて、語っていただきました。

―熊本県民テレビ開局 40 周年の企画として、岸さんたちのことが真っ先に思いついたそうですが、これまで数多くの取材をされているなかでもこの題材にしたいと思ったのはなぜですか?

監督 私は2006年から2年間にわたって岸家を取材したあと、2019年にもう一度担当することになりました。ちょうどそのときに、開局40周年の企画を社内で募集していたので、岸家ならたくさん映像が残っているので何かできるのではないかなと。私が入社する前からの映像もあるので、それらをもう一度見つめ直してみたいと考えて応募しました。

―とはいえ、20年以上撮りためてきた映像を見るのはかなりの重労働だったのでは?

監督 はい、見るだけでも1か月以上かかりました。取材の総合計時間としては、推定でだいたい480時間くらい。ただ、過去の担当者によると、編集されていない素材が300本近く消されているということなので、私もすべてを見ることができたわけではありませんが、今回は過去の映像を見る作業とどこを使うかを考える作業が一番大変でした。

お互いを尊敬し合う関係を築いている姿が素敵だった

―それだけ膨大な映像を編集するうえで、意識していたこともあったのでしょうか。

監督 これまでテレビ放送の編集しかしたことがなく、CMなしで90分という映像を作ったことがなかったので、そこは少し苦労したところですね。そのなかで気をつけていたのは、テレビとの違い。たとえば、テレビの場合は、時間に制限がありますし、ピンポイントでしか出来事を伝えられないので、勘違いされないようにナレーションで説明を入れる必要があります。

でも、映画ではなるべく余計な説明を入れずに、映像を見て理解していただきたいと思ったのです。構成で入っていただいた佐藤幸一さんのアドバイスを受けながら観客のみなさんと一緒に考える“余白”を残せるような編集にしたいという思いで、最初から最後まで作りました。

―なるほど。ちなみに、岸家のみなさんと最初に会われたときは、どんな印象を受けましたか?

監督 私が初めて行ったとき、家にいたのはおもに小さい子どもたちだったので、もみくちゃにされながらいつも必死に撮影していた感じですね(笑)。本当にみんな元気だなと。でも、2019年に再び訪れたときは、すでに大きくなった子どもたちは家を出ていたので、もはや大家族ではなくなっていた状態。それでも、英治さんと信子さんはお互いを尊敬し合える関係を築いていたので、それが素敵だなと思いました。

最初は、子どもがたくさんいる夫婦ということで始まった取材でしたが、最近はどちらかというと、英治さんと信子さんという夫婦を軸に取材しているので、2人にたまたま10人の子どもがいただけのように感じています。

円満の秘訣は、気持ちを言葉や態度で示すこと

―確かに、大家族の物語と思いきや、夫婦の在り方について学ぶ部分は多いですよね。結婚から40年近く経ったいまでもお互いに恋している感じがひしひしと伝わってきて素敵でしたが、夫婦円満の秘訣は何だと思いましたか?

監督 わかりやすいところで言うと、「ありがとう」とか「ごめんね」をきちんと口に出していることかなと。お2人の間には、「長い付き合いだから言わなくてもわかるでしょ?」があまりないので、いまでもいい関係なんだろうなと思いました。英治さんと信子さんはお互いが1番で、その次が子どもという感じですが、それを子どもたちもわかっていて、嫌だと思っていないところがいいですよね。

もちろんケンカをすることもあるそうですが、普段から相手に対する感謝や尊敬の気持ちを言葉や態度で示しているので、お互いに信じているというか、多少のことでは揺るがない。英治さんが借金を抱えたときも、信子さんは子どもたちに悟られないようにしていたそうですが、そういう姿を見ていたからこそ、子どもたちも安心して育っていったのだと思います。

―また、岸家では月に1日は「○○ちゃんの日」としてお父さんかお母さんを独り占めできる日を作ったり、夫婦でデートする日を設けたり、ルールを決めているのも素晴らしいなと。どういったきっかけで生まれたのでしょうか。

監督 3人目か4人目が生まれたあたりから、毎月○○ちゃんの日を作り、そのときに夫婦の日も作ったと聞きました。それ以外にも、子どもたちが寝静まったあとに2人で家の周りをぐるっとドライブすることもあるそうですが、5分だけでも2人きりの空間になれるとリフレッシュできて、また子育てをがんばろうと思えるのだそうです。

苦しいことの先には、ちゃんと幸せがある

―素敵ですね。子どもが生まれると、夫婦の関係性が変わる人もいると聞くので、そういう方には参考になるのではないかなと。

監督 そうですね。ただ、スタッフの間では夫婦で観に行ってもいいのか物議を醸しています。というのも、英治さんがすごすぎて比べられそうだという男性陣と信子さんみたいに優しくできないという女性陣がいて、気まずくならないか心配しているみたいです(笑)。

そのいっぽうで、「夫婦で観に行きます」という人もいるので両極端ですが、観たあとは相手に優しくできるのではないかなと思っています。取材の帰り、私もカメラマンも「家に帰ったら家族に優しくしよう」と毎回反省していたくらいですから(笑)。

―いろいろと話し合うきっかけができるという意味では、パートナーと一緒に観るのは面白いかもしれないですね。また、どんなに大変なことが起きても、つねに笑顔の信子さんが印象的でしたが、あの強さはどうやって培われたのでしょうか。

監督 信子さんは「どんなに苦しいことがあっても、それが幸せの入口であったことに気づかされることが人生で何回もあったから、多少大変なことがあっても目の前のことを乗り切るためにひたすらがんばれる」とおっしゃっていました。実際、火事や地震、病気などに見舞われたときも、そのあとに子どもたちが結婚したり、孫が生まれたりしていて、よくないことだけが続くことってないんですよね。

いいことと悪いことの繰り返しなんですけれど、信子さんのように前向きなとらえ方をするだけで、人はこんなにも表情が変わるのかと。もちろんいろいろな経験をしたからこそではありますが、前向きな気持ちを1週間、1か月、1年と持ち続けていければ、苦しいことの先にちゃんと幸せがあるんだというのを信子さんから教えてもらいました。

大切な人との関係を立ち止まって考えてほしい

―岸家を通して、家族の絆を深めるために大切なことは何だと感じましたか?

監督 やっぱり、大事な人こそいい加減にしないことだと思います。小さな積み重ねをすることによって、しっかりとつながることができるというのは、岸さん家族を見ていて感じました。「相手に毎日『好き』と言うべき」とまでは言いませんが、照れたりぶっきらぼうになったりせずに、言葉や態度で相手に伝える必要はあるのではないかなと。

ただ、このことは家族じゃない人に対しても言えることなので、近くで過ごしている大切な人と気持ちよく一緒に生きていくヒントは、英治さんと信子さん夫婦や岸さん家族を通して見えてくるのではないかと思っています。

―その通りですね。それでは最後に、ananweb読者へメッセージをお願いします。

監督 映画の表向きの看板は、大家族の21年間を描いた作品ですが、私は英治さんと信子さんのパートナーシップの物語だと思っています。誰に自分を重ねるかによっても、かなり見方が変わる映画ではありますが、参考になる部分はあると思うので、ぜひ大事な人との関係を立ち止まって見つめるきっかけになってもらえたらうれしいです。

前を向いて人生を進んでいく力をくれる!

英治さんと信子さんが届けてくれるのは、どんなに険しい道でも笑顔で乗り切るための“活きたヒント”。家族やパートナーだけでなく、さまざまな人間関係において大切にしたいことが詰め込まれている本作は、きっと幸せへの近道を教えてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

笑って泣ける予告編はこちら!

作品情報

『人生ドライブ』
5月21日(土)、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
配給:太秦
https://jinsei-drive.com/
©2022 KKT熊本県民テレビ