志村 昌美

現代のチャップリンが訴える「いまの危機を止められるのは若い人だけ」

2021.1.28
思うように外出や旅行ができない日々が続くなか、ストレスがたまっているのを感じている人も多いのでは? そこで、そんな気分のときにオススメの“海外の空気”を体感できる注目作をご紹介します。それは……。

珠玉のコメディー『天国にちがいない』

【映画、ときどき私】 vol. 353

映画監督のエリア・スレイマンは、新作の企画を売り込むため、故郷であるイスラエル領のナザレからパリ、ニューヨークへと旅に出る。パリでは美しい景色だけではなく、街を走る戦車や炊き出しに並ぶ大勢の人、そしてニューヨークでは街で銃を持つ市民たちや警官に追われて逃げ回る裸の天使を目の当たりにすることに。

肝心の企画については、友人で俳優のガエル・ガルシア・ベルナルにサポートをしてもらうも、「パレスチナ色が弱い」とあっけなく断られてしまう。どこに行っても、故郷のことを思わずにはいられないスレイマン監督。「自分にとっての“故郷”とは一体何なのか」と考え始めることに……。

2019年のカンヌ国際映画祭で、特別賞と国際映画批評家連盟賞のW 受賞に輝いて話題となった本作。今回はこちらの方にお話をうかがってきました。それは……。

エリア・スレイマン監督

“現代のチャップリン”と呼ばれ、新作が待たれていたスレイマン監督の10年ぶりとなる長編映画がついに完成。イスラエル系パレスチナ人のスレイマン監督が自身の視点を通して描いた意欲作として、各国で高く評価されています。そこで、監督・脚本・主演を務めたご本人に、作品の背景やいまの心境を語っていただきました。

―以前からずっと温めていた企画を10年かけて完成させたのか、それともいまこのタイミングで撮りたいと思って作られたのか、作品が生まれた経緯から教えていただけますか?

監督 いくつも理由があるので、この質問に答えるにはおそらく5時間は必要かもしれないですね(笑)。まず私は普段からいろいろな情報やビジュアルイメージ、日々の生活のなかであったことなどについてノートに書き留めているんです。というのも、触発されたり、心に火がついたりするような瞬間というのが、日常のなかにはたくさんありますからね。

それらに脈絡があるわけではないんですが、そういった日々の観察や瞑想の積み重ねから映画になる可能性があるものを拾い、そして紡いでいくという感じです。そういったこともあり、僕の作品のスタイルというのは、一般的な映画の作り方とは違うのかもしれません。

―なるほど。そういった作業をされていたからこそ、これだけの長い時間を要するんですね。

監督 そうなんですよ。僕の作品では、まずいろいろなことに神経を研ぎ澄ませた状況のなかで生活をし、“時間を生きる”というのが必要不可欠になるので、非常に時間がかかってしまうのです。本やアニメなど、原作があるわけではありませんからね。

ただ、その代わり僕は自分のことをスポンジのような存在だと思っています。つまり、政治的でも社会的でも、それらの要素を自分のなかにしみ込ませていき、自分なりに見つめ直したうえで映画という形に変容させていく作業をしているからです。

大事にしているのは、つねに敏感でいること

―そのなかで、意識されていることはどのようなことでしょうか?

監督 大事にしているのは、つねに敏感でいること。そして、自分を客観的に見ることができる距離に自分を置くということですね。僕自身が主人公として登場しているので、僕の行動や精神、そして僕が感じている憂うつさや落ち着かなさから、おかしみが見えてくればいいなと。

なぜなら、僕は社会から少しはみ出しているという立場で登場することになっていますから。そのためには、自分をきちんと見つめて、自分がどういう反応をするのか、ということを客観的に見つめることも必要だと感じています。外から影響は受けているけれども、自分の心情に照らし合わせて行っている作業なので、非常に個人的で実存的なことでもあるのです。

―過去の作品ではパレスチナを世界の縮図として描いていたけれど、今回は世界をパレスチナの縮図として提示しているそうですね。世界に対する見方が変わったきっかけなどがあったのでしょうか?

監督 長編デビュー作はパレスチナで撮影していますし、いまもしょっちゅう行ってはいますが、そのあとはニューヨークやパリをはじめ、いろいろな場所に住み、つねに旅を続けているので、僕はパレスチナを去った人間でもあります。だからこそ、インサイダーでありアウトサイダーであるという感覚をつねに並行して持っているのです。

そういったこともあって、僕の映画というのは、“観察記”のような要素を持ち合わせているのかもしれません。そのなかでいま感じるのは、徐々に世界は似てきているということです。

―具体的には、どのようなところにそれを感じていらっしゃいますか?

監督 政治的、社会的なところはもちろんですが、どこにでも緊張感があふれていて、軍が介入していたり、占領されるようになったり、暴力が増えたりと、世界がパレスチナ化しているように思うことが多いからです。

これはこの映画を撮るずっと前から思っていたことですが、このグローバル化はもはや“経済的占領”なのではないかなと。つまり、それを達成するための策略やツールが全体的にパレスチナに似てきていると僕は思っているのです。

不思議な人や出来事を引き寄せる力がある

―では、映画のなかで、監督の日常から取り入れている部分はどのようなことですか?

監督 たとえば、パリのカフェに座って人々を観察していると、ふとした瞬間に「あ、これは映画に使えるな」みたいなヒントをもらうことがあります。それは人々の動きだったり、言葉だったり、という意味ですが、僕には変わった人を引き寄せる力があるみたいで、なぜか日常生活のなかで映画に使えそうな不思議な出来事がけっこう起こるんですよね(笑)。

―劇中に日本人カップルが登場するちょっと変わったシーンがありましたが、それもご自身の体験ですか?

監督 そうなんですよ! 私がパリで住んでいるエリアはたまたま日本人の居住率の高いところなので、いつも散歩をするところや公園に日本人が多いんですよね。僕がパートナーとよく食事をする日本食レストランも近所にありますし。

そういったこともあって、ある日普通に歩いていたら、映画のなかと同じようにいきなり話しかけられたんです。おそらく、日本人が部屋を貸してくれる誰かと会う約束をしていて、それと間違えられたんじゃないかなと思いますけど(笑)。

―そのあたりも注目ですね。ちなみに、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 日本への興味もいろいろありますが、挙げるとすれば、やはり日本映画ですね。特に、旧作のなかに好きな作品がたくさんありますよ。

映画には次世代への願いも込めている

―では、世界や物事を客観的に見ていらっしゃる監督にとって、2020年はどのような年でしたか?

監督 これもまた答えるのに5時間はかかりそうな質問ですね(笑)。実は、私はコロナ禍になる前から、世界のことをかなり危惧していました。今回の映画のなかでも、パリから人がいなくなるシーンに対して、終末論的な見方をする観客もいるでしょう。実際、私は以前から世界規模でひどいことが起きると言っていました。

災害の前に、動物が危険を察知した行動を取ることってありますよね? 僕が問題のある地域の出身だからかもしれませんが、それと同じような能力が私にも備わっているように感じることがあります。つまり、これから何か危険なことが起こるだろうといった緊張感やそこにただよう空気を感じ取ることができるのです。パリのテロ事件のときも同じでした。

別に僕は、自分を預言者だと言いたいわけではありませんよ(笑)。ただ、何らかの破壊的な災害や悲劇に世界が見舞われるのではないかと、コロナ禍に陥る前から感じていていたので、こういうときこそ、若い人たちがどういう行動をするかが大事なんじゃないかなとは思っています。

―そんななか、2021年はどんなふうに世界が変わっていくとお考えですか? 私たちがいますべきだと思うことがあれば、教えてください。

監督 こういった病気だけでなく、温暖化や山火事など、何かあるたびに言えることですが、問題が起きている裏では必ず誰かがもうかっている現実があるわけですよね。地球を守るよりも、破壊するほうが簡単に金儲けできると思っている人がいますから。今回のことを教訓に、「新しい取り組みをしましょう」とか「これまでの悪い習慣をやめましょう」といった話も上がっていますが、そのいっぽうではそういった人たちがいるのが現実なのです。

人間は美しいものを生み出すこともできるけれど、権力を持ってしまうと、それが別に作用することもあります。ただ、そこで“唯一の希望”とも言える存在は、若い人たちだと僕は考えています。つまり、若い人が止めてくれる以外に方法はないのです。そういった次世代への願いもこの作品の最後には込めているつもりです。

―ちなみに、いまの監督にとって「天国にちがいない」と思う場所はどんなところですか?

監督 パソコンを持ち出せたらみなさんにも見せたいけれど、いま外に出たらそこには天国のような景色があるんですよ。というのも、一時的にパリを離れてイタリアのシチリアにパートナーと来ているんですが、ここには海があって、鳥が一日中飛んでいて、食事はおいしいし、寒くもないし、散歩をするにも最高の場所ですからね。ずっとここにいられるわけではないですが、もしかしたらここが天国かもしれないです(笑)。

新たな視点で世界を見つめる!

政治的なメッセージを込めつつ、思わずクスリと笑ってしまうようなユーモアも織り交ぜながら描いている本作。おかしくて、美しくて、そして愛おしい世界に、スレイマン監督とともに旅をしてみては?


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『天国にちがいない』
1月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:アルバトロス・フィルム/クロックワークス
https://tengoku-chigainai.com/

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