志村 昌美

有名作家が味わった孤独や貧富の差…どん底から抜け出すのに必要なもの

2021.1.21
なかなか気が休まらない日が続くなか、つい落ち込んでしまうこともありますよね? そんなときは、映画で笑ったり泣いたりして気分を高めたいところ。そこで、まもなく公開を迎えるオススメの映画をご紹介します。それは……。

各国で絶賛を浴びた『どん底作家の人生に幸あれ!』

【映画、ときどき私】 vol. 353

周囲の“変わり者”たちのことを書き留めては、空想して遊んでいた少年デイヴィッド。優しい母と世話好きな家政婦と一緒に幸せに暮らしていた。ところが、暴力的な継父の登場によって、人生が一変。家を追い出されて、ロンドンの工場へと売り飛ばされてしまう。

しかも、下宿先の主人である極貧のミコーバーは、借金まみれで逃げ回っていた。月日が流れ、どん底のなかでたくましく成長したデイヴィッドは、工場から脱走。裕福な伯母の助けで、仕事も恋愛も順風満帆な人生を手に入れようとしていた。ところが、過去を知る者たちが、彼を再びどん底へと引き戻そうとすることに……。

『クリスマス・キャロル』などで知られるイギリスの文豪チャールズ・ディケンズの自伝的小説『デイヴィッド・コパフィールド』の映画化となる本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

アーマンド・イアヌッチ監督

これまでたびたび映像化されてきた題材ではあるものの、新たな視点で描いたことが高く評価されているイアヌッチ監督。今回は、本作に反映した自身の思いや豪華キャストとの現場などについてお話いただきました。

―監督は以前からディケンズのファンでいらっしゃったということですが、ディケンズ作品の魅力はどのようなところでしょうか? 

監督 ディケンズというと、どうしても古風で陰湿な貧困の世界を想像してしまう人が多いかもしれませんが、僕はすごくモダンだと思っています。つまり、ユーモアやおかしみがあって、新しさも感じられる作品ばかりだなと。ただ、いままでは彼のそういう部分があまり表現されないまま脚色された作品が大半だったように感じています。

―今回の映画化は、数年前に『デイヴィッド・コパフィールド』を読み返したときに思いついたそうですね。

監督 この作品は、デイヴィッドが生まれた瞬間から物語が始まり、世界に存在しているものの形や人の顔などについて味わう感動がひとつずつ子どもの視点から表現されています。

それだけでなく、心の病や貧富の差についてもアプローチしているので、そういったところが非常に現代的な筆致だなと。愛や友情といったものがひとつのコミュニティのなかで少しずつ認識されてく様子も、いまのこういう時代だからこそ、より意味を感じた部分でもあります。

縛りやルールがない現場で自由に作ることができた

―この作品には、もともと何か思い入れがあったのでしょうか? 

監督 主人公が社会のいろいろな状況に身を置かれるなかで、つねに「自分はここにはフィットしていないんじゃないか?」と感じるところは、僕自身にも通じる部分があると思っていました。

なぜなら、僕はイタリア系の移民としてスコットランドで育ち、スコットランド人としてイギリスやアメリカで仕事をしていると、そういう感覚を味わうことが多いからです。そんなふうに、僕にとって少し自伝的な要素があるところも、魅力を感じているポイントかもしれませんね。

―デイヴィッドのキャラクターにも共感する部分はありましたか?

監督 僕にも昔から周りにちょっと変わった人たちがいて、彼らをずっと観察していたので、そこもすごく似ているんですよ。他人の癖を吸収して再現する能力のあるデイヴィッドのように、僕も学校で先生の物まねをして周りの人を笑わせたりするカメレオンタイプの人間でしたから(笑)。

―この作品は、これまでに6回も映像化されていますが、その名作をご自分が手掛けることに対してのプレッシャーや不安はありませんでしたか?

監督 それは特にありませんでした。なぜなら、この作品では、いままでの作品では表現されていない側面について描こうと思っていたからです。たとえばそれは、コメディの部分であったり、心の病についての扱われ方だったり、デイヴィッドが初めてお酒を飲んで酔っ払ってしまうシーンや令嬢のドーラに惹かれるシーンについて。

それらはこれまであまり表現されていない部分ばかりだったので、この作品はオリジナルで新鮮なものにできるだろうという確信がありました。だからこそプレッシャーはありませんでしたし、事前にスタッフやキャストたちと「いままで1本も作られてこなかった題材だと思って語っていこう」と話したほど。それくらいルールや縛りがないなかで自由に作ることができました。

ディケンズから学んだのは、“ショーマンシップの精神”

―監督の作品において魅力といえば、卓越したコメディセンスやウィットに富んだ会話の数々。そういったコメディセンスはどのようにして培われたのでしょうか?

監督 そう言ってもらえるのはうれしいけど、僕だけじゃなくて、今回脚本を書いてくれたサイモン・ブラックウェルの力も大きいですね。

彼とは以前も一緒に作品を作っていて、いつもディープなものづくりをともにしています。実は彼もディケンズのファンなので、ディケンズはもちろん、ラジオ劇などいろいろなものから僕たちは影響を受けています。

ちなみに、この作品ではユーモアの部分を褒められることがありますが、「それは、もともとディケンズが書いていたことなんですよ」なんて説明することもけっこうありました。僕がディケンズ作品を現代的なコメディだと感じているのは、そういう部分だと思います。

―同じアーティストとして、監督がディケンズから影響を受けていることはありますか?
 
監督 観客を楽しませたいという“ショーマンシップの精神”を、彼から学べたのかもしれません。今回の作品は独特でマジカルなものにしたいと考えていたので、なるべくCGなどを使わずに自分たちで実際に表現することを意識しました。そういう舞台的なところは、ディケンズっぽいかもしれないですね。

―また、今回は俳優陣の多様さも見どころですが、あらゆる人種を混ぜることに監督がこだわったそうですね。とはいえ、ご自身にとっては挑戦だったのではないでしょうか?

監督 そういうことはあまりなかったですね。おそらくその理由は、デイヴィッド役のデヴ・パテルのおかげ。そもそもすべては彼から始まっているからです。デヴには若々しさや楽天主義的なところ、カリスマ性といったこの役に必要な要素が全部揃っているので、彼は劇中の恋愛も悲劇も喜劇も物まねも体現できる役者。この役にデヴ以外は考えられませんでした。

そのときに気がついたのは、デイヴィッド役だけではなくて、どの役も同じように「この人がベストだ!」と思う人を選べばいいんだということ。そして、どんなバックグラウンドの人が観ても、この世界に入り込めて、自分が受け入れられていると感じられるような世界観にするためのキャスティングにすればいいんだと思いました。そういう流れで選んでいったので、難しさを感じることはなかったんです。

映画界は多様なキャスティングが遅れている

―なるほど。実際、多様なキャスティングだからこそ生まれた部分もありましたか?

監督 多くのキャストがこういった時代モノの作品でキャスティングされたことがなかったと話していましたが、みんな自分の人種やバックグラウンド、そして歴史的な部分を考えることなく、自由に自分の役を演じていたのが印象的でした。

とはいえ、演劇界では以前からこういった多様なキャスティングというのは行われていたことなんですよね。ただ、映画界ではそういったところがまだ追いついていないようには感じています。

―キャストには、ティルダ・スウィントンやベン・ウィショーといったイギリスが誇る豪華俳優陣も揃っていますが、現場の様子についても教えてください。

監督 ティルダもベンも、みなさんが思っている通りの素敵な方々でした。特にティルダはポジティブなエネルギーを持っていて、熱意にあふれている人。それまで会ったことはありませんでしたが、彼女の素晴らしい演技をずっと見てきて、ユーモアのある役を演じさせたいと考えていたんです。

ベンに関しては、“いわゆる悪者”みたいなお決まりのキャラクターにはしたくないという思いがありました。つまり、観客がどこかでシンパシーを感じられる人物であるということ。なので、彼らの役に関しては、ステレオタイプなものではなく、人間的なものにしたいという意識が強くありました。

結果的には、2人とも現場でアドリブやアイディアをたくさん出してくれたので、いろいろな角度からの作品づくりができて楽しかったです。ただ、あれだけの役者さんなので、家政婦役のデイジー・メイ・クーパーが演技中にもかかわらず、部屋にティルダが入ってくると「うわ、ティルダだ!」となって毎回笑い出してしまうので、それで何度もNGになったということはありましたね(笑)。

どん底では前に進もうとする気持ちが大事

―私も以前ティルダを見かけたことがあるので、そのお気持ちがよくわかります(笑)。今回、日本語のタイトルは『どん底作家の人生に幸あれ!』ですが、監督にもどん底を味わった経験はありますか? そこから学んだことがあれば、教えてください。

監督 どん底だったことは、本当に何度もありますよ……。そのなかでも挙げるとすれば、私の父のこと。父はいろいろな“冒険”を始めてはお金を失うような劇中のミコーバーみたいなタイプの人でした。それも僕がこの物語に惹かれた理由のひとつかもしれないですね。

父は僕が若いときに亡くなりましたが、そのときに借金を残していたので、母ひとりで4人の子どもを抱えたまま「この家に住めるんだろうか」と明日のこともわからないような不安な日々を過ごしたこともありました。

でも、僕の母は仕事熱心ですごくユーモアのある人だったので、家庭はとても明るかったですよ。そのときに感じたのは、「つらいな」とか「みじめだな」という気持ちに身を浸すのではなく、とにかくそこから前に進もうとする気持ちを持つことが大事なんだなということでした。それがどん底から抜け出すのには、必要なことだと思います。

―確かにそうですね。とはいえ、厳しい状況のなかで、まさにいまがどん底と感じている人も多いと思います。日本の観客に向けてメッセージをお願いします!

監督 今回、僕はポジティブなエネルギーと楽観的で明るい希望を得られる映画を作りました。自分が愛する人々たち、そして自分を愛してくれる人々たちすべてを祝福するような物語でもあると思うので、あらゆる世代の方々がそういう思いを受け取って観てくださったらうれしいです。

“大逆転人生”を夢見るすべての人に幸あれ!

長年にわたって愛され続けている名作の新たな魅力がつまっている本作。何が起こるかわからない人生では、どん底に落ちてしまうこともときにはあるけれど、どん底が人生の終わりではないとデイヴィッド教えてくれるはず。始まったばかりの1年を前向きに笑ってスタートしたいときこそ必見です。


取材、文・志村昌美

激動の予告編はこちら!

作品情報

『どん底作家の人生に幸あれ!』
1 月 22 日(金)TOHO シネマズ シャンテ、シネマカリテ 他全国順次公開
配給:ギャガ
https://gaga.ne.jp/donzokosakka/

©2019 Dickensian Pictures, LLC and Channel Four Television Corporation
Photo Credit: Matt Crockett