志村 昌美

アートか? わいせつか?…20世紀を最も騒がせた写真家の知られざる真実

2020.12.10
何かとすぐに炎上しがちな昨今において、表現することの不自由さを感じている人も多いのでは? そこで今回ご紹介するオススメ作品は、“20世紀を最も騒がせた写真家”に迫った注目のドキュメンタリーです。それは……。

『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』

【映画、ときどき私】 vol. 348

一流ファッション誌で女性を撮り続け、さまざまな物議を醸してきたファッション・フォトグラファーの世界的巨匠ヘルムート・ニュートン。強烈なインパクトを与える作品は、ときに「ポルノまがい」「女性嫌悪主義」との議論も巻き起こしたが、女優やモデルなど多くの女性たちを魅了した。

生誕100年となる2020年。彼にインスピレーションを与えた12人の女性たちの視点から作品や人物像を捉え直したスリリングなドキュメンタリーが完成した。ヘルムートの真実とは……。

2004年に自動車事故による不慮の死を遂げたあとも、長く人々の記憶に残り続けているヘルムート・ニュートン。その素顔から撮影の舞台裏までを映し出している本作について、こちらの方に見どころをうかがってきました。

ゲロ・フォン・ベーム監督

これまでに製作したドキュメンタリーは100本を超えるという“ドキュメンタリーの名手”ベーム監督。今回は、ヘルムート本人と生前交流があった監督に、彼との忘れられないエピソードや表現の自由が奪われつつある現代に訴えたいことなどについて語っていただきました。

―まずは、この映画を作ろうと思ったきっかけから教えていただけますか?

監督 それは、もう一度ヘルムートの作品や彼という人物をいまの時代の人たちに見せることで、いろんなことを考えてほしいと思ったからです。このタイミングになったのは、ちょうど今年で生誕100周年を迎えたからというのがありましたが、これまでドキュメンタリーが作られていなかった20世紀最大の写真家の一人である彼について、知ってほしいというのが最大の理由でした。

映画にしようと思ったのは、彼の写真がシネマスコープのサイズで撮られているものが多いから。大きなスクリーンで見せるにはピッタリだと思ったというのもありました。あとは、以前彼とコラボしたときの素材が残っていたので、それを多くの人に見せたいという気持ちも込められています。

―この作品を作っている過程で、現在の時代における創作活動の難しさや見直すべき点について考えた部分もあったと思います。いちアーティストとして、いまのこの現状に対して訴えたいことはありますか?

監督 これはとても興味深くて、重要なテーマだと思います。いまのポリティカル・コレクトネスの風潮は、私たちが60年代から80年代にかけて活躍していたころとはまったく違っているので、もし彼の写真をいま雑誌に掲載したら、おそらくフェミニストたちが抗議するでしょうね。

でも、私は芸術の自由は大切にしなければいけないと思うので、これはとても危険な風潮だというふうにも考えています。もしポリティカル・コレクトネスばかりを尊重するのであれば、ボッティチェリやピカソのような作品もそのうち消えてしまうのではないかと危惧しているからです。

表現の自由は守られるべきものなので、検閲を行うことは独裁国家の始まりとも言えるかもしれません。それは、気をつけるべきことだと思っています。

若い人にはもっと勇気をもって冒険をしてほしい

―では、いまのアーティストたちにアドバイスするとしたらどんなことでしょうか?

監督 ヘルムートの真似をするのではなく、その時代ごとに合った作風を模索しながら、冒険してほしいと思ってます。つまり、挑発的で斬新な作品をもっと探っていってほしい、ということですね。

私からすると、特に最近のファッション業界の写真は退屈な方向へと進んでいるように感じるので、若い写真家たちにはもっと勇気を持ってがんばってくださいと伝えたいです。

―ヘルムートさんの作品については、ポルノまがいや女性差別と批判する者も多かったと劇中でも触れていますが、紙一重とも思えるアートとわいせつさの差を生んでいるものは何だと思われますか?

監督 これもまた興味深い問題ですよね。ヘルムートはつねにその境界線を操るように、そして遊ぶように写真を撮っていたように思います。ただ、そのなかでもつねに何かしらのストーリーを伝えようとしていたというのは、大きな違いではないでしょうか。

つまり、女性をただの物としてとらえるのではなく、そこにきちんとメッセージがあるのが彼の写真が持っていた特徴でした。とはいえ、当時もそこが伝わらずに「女性蔑視だ」という批判もあがったのも事実です。

―監督にとって印象に残っている作品はありますか?

監督 映画にも出てくる2枚の写真が対になっている作品で、左側にはオートクチュールの服に高い宝石を身に着けた女性たちがいて、右側には同じ女性たちがすべてを脱ぎ捨てて裸でハイヒールを履きながら同じポーズを取っているという写真があります。

これは「服がなくても、女性たちは強く見える」ということを言っていますが、そんなふうに彼は写真を通してつねに何かしらのメッセージを見る人に送り続けていたのです。ただ、「オートクチュールの服はいらない」というメッセージを込めたこの写真を当時のファッション業界が受け入れて掲載したということが、私にとっては何よりも驚きではありました。

いまだにヘルムートに恋しているように感じられた

―確かにいまでは難しいと思います。しかも現代はインターネットの発達などによって、些細なことでもすぐに炎上してしまうため、アーティストには生きづらい時代と言えるかもしれません。もしヘルムート・ニュートンさんが生きていたら、どのようにこの時代に立ち向かっていたと思いますか?

監督 おそらく、彼の姿勢は特に変わらなかったんじゃないでしょうか。他人が何と言おうと、変わらない人でしたから。ポリティカル・コレクトネスに配慮するような写真は撮らなかったでしょうし、自分の作品が雑誌に掲載されなかったとしても、彼は気にしなかったと思います。実際、彼は「敵は多いほうがおもしろい」という言葉をよく言っていましたからね(笑)。

―そんな刺激的なヘルムートさんと時間を過ごしたことで、影響を受けたことも多かったのではないでしょうか?

監督 そうですね。いまでもよく覚えているのは、2人で一緒に彼の生まれ故郷でもあるベルリンを歩いていたときのこと。そこでいろいろな話をしたのですが、彼からは写真のことよりも人生について多くのことを学ばせてもらったと思います。

彼は紳士的ないっぽうで、アナーキストという相反する側面を持っていましたが、そういう彼の姿からは自由と勇気を教えてもらいました。つねに前向きで、ときにはルールを破りながら新しい表現方法を探し続けていた彼に刺激をたくさんもらったと感じています。

―本作には、ヘルムートと縁の深い女優シャーロット・ランプリングや編集者のアナ・ウィンターといった多くのセレブが出演しています。いずれも個性豊かで強さのある12人の女性たちでしたが、彼女たちからインスピレーションを受けた部分はありましたか?

監督 彼女たちと話をしていると、驚かされることばかりでした。なかでも30~40年も前の撮影のことを事細かに話してくれたのには、本当にびっくりしましたね。ただ、インタビューしていくなかで感じたのは、どれだけ月日が経っても彼女たちはどこかヘルムートに恋しているようなところがあるんだなということ。

シャーロットも初のヌード写真となったヘルムートとの撮影では、パワーをもらったと話していましたし、あの写真がなければ自分のキャリアはまったく違う方向に行っていただろう、と振り返っていましたから。

彼のクリエイティビティに触れて考えてもらいたい

―インタビューを続けるなかで、なぜ彼女たちがヘルムートから愛されたのかという理由も見えてきたのではないでしょうか?

監督 それもありましたね。彼女たちがヘルムートからあんなにも愛されたのは、知的で強気な態度の女性たちだからだと思います。男女関係なく、彼は退屈な人が嫌いだったので、彼女たちのようにつねにチャレンジをして楽しませてくれる人が好きでモデルにしたんだと理解しました。

―そんなヘルムートさんにとって、妻のジューンさんがミューズだったと映画のなかで明かされていますが、監督にとってのミューズもしくは創作活動の源とは何ですか? 

監督 ここはヘルムートと私がすごく似ているところなのですが、私も妻がクリエイティビティを刺激してくれる存在です。結婚して45年が経ちましたが、つねに愛情を注いで力をくれていますし、仕事も一緒にしているのでそういった環境づくりにも気遣ってくれていますから。毎日が前の日よりも楽しい、というとても素晴らしいパートナー関係を築けていると思います。

―とても素敵なエピソードをありがとうございます。それでは最後に、日本の観客にメッセージをいただけますか?

監督 自分たちの文化や写真文化を大切にしている日本で公開できることはとても光栄ですし、みなさんにスクリーンで観ていただけることも非常にうれしく思っています。何と言っても日本は、杉本博司氏や荒木経惟氏、細江英公氏といった素晴らしい写真家を輩出している国ですからね。

ぜひ、ヘルムートのクリエイティビティに触れていろいろと話し合ってほしいです。そして、それが若い人にとっていい刺激になってくれたらとも願っています。そして最後に、みなさんにはこれからも健康に気をつけて過ごしていってください、ということを伝えたいです。

内に秘めた創作意欲を掻き立てられる!

表現の自由や芸術のあり方について、改めて考えさせられる本作。コンプライアンスや周囲の評価にがんじがらめになりつつある現代に生きるからこそ、自分の表現を追求し続けたヘルムートの生きざまからエネルギーと刺激を存分に浴びてみては?


取材、文・志村昌美

刺激的な予告編はこちら!

作品情報

『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』
12月11日(金)よりBunkamuraル・シネマ、新宿ピカデリーほか全国順次公開
配給:彩プロ
https://helmutnewton.ayapro.ne.jp/

Arena, Miami, 1978 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
Gero von Boehm (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
David Lynch and Isabelle Rossellini, Los Angeles, 1988 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
Charlotte Rampling (c) Pierre Nativel, LUPA FILM
Anna Wintour (c) Pierre Nativel, LUPA FILM
Helmut at home, Monte Carlo, 1987 (c) Foto Alice Springs, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

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