羽生結弦がプルシェンコの“伝説の曲”に挑戦! その理由は?
公開練習で、いい意味での力をもらっています。
昨年8月30・31日にカナダ・トロントのクリケットクラブで行われた、羽生結弦の新シーズンへ向けての公開練習。クラブに入ってくる彼を数多くのカメラが迎え、ロッカールームから出てスケート靴を履く時も、間近までカメラが迫ってくる。そんな中で彼にとっての公開練習の意味を聞かれると、笑みを浮かべながらこう答えた。
「ひとつには自分にとって締め切りというか、テスト的なところがありますね。人間って追われるものがないと、最終的には詰めることができないじゃないですか。そういう意味で公開練習というのは皆さんが期待して来てくれることだから、自分の中で『ここまでにある程度仕上げておかなきゃ』という、ある意味でのプレッシャーというか…。いい意味での力みたいなものをもらっています」
羽生は平昌五輪の後で、「五輪というのは卒論みたいなものだ」と話していた。4年間の集大成。そのためにゼミに入って研究を積み重ね、積み重ねて結果を出すものだと。だが平昌ではケガでその期間がギュッと短くされてしまった。すべてがゼロになった状態から、またすべてを一から作り直すのが大変だったと苦笑していた。
そんな状況でも大きな目標にしていた五輪連覇を果たした羽生。今季の公開練習では、五輪へ向かう気迫を心に秘めていた昨季とは違う、穏やかな表情を見せていた。
そこで発表した新プログラムは、ショートはジョニー・ウィアーが’06年トリノ五輪の前にフリーで使っていた『秋によせて』。『Origin』と名付けたフリーは、エフゲニー・プルシェンコが旧採点法時代に芸術点ですべてのジャッジが満点の6.0点を付けた、伝説のプログラム『ニジンスキーに捧ぐ』で使用していた曲。共に幼い頃に憧れ、その演技に刺激を受けた尊敬する存在。ふたりには自身が企画・プロデュースしたアイスショー“コンティニューズ・ウィズ・ウィングス”に出演してもらった時に、使いたいという思いを伝え、快く了承してもらったという。
「フリーはまだ自分が使ったことのないジャンルの曲。小さい頃からずっとやりたいと思いながらも、プルシェンコさんの代表的なプログラムだから自分が使うべきではないと我慢してきた曲です。彼の圧倒的なオーラだったり、ニジンスキーのポーズ、一つひとつの音に合わせている動きやジャンプなどに、ものすごく惹かれた記憶があります。ウィアーさんの『秋によせて』も、男性だからこそ出せる中性的な美しさは彼の一番の魅力だと思ったし、スピンでの手の使い方やジャンプのランディングの美しさに惹かれ、自分もこういうふうに滑りたいなと思った記憶があります」
曲の中に、自分の色を入れ込みたいと思う。
以前は自分の色というより、尊敬しているスケーターたちの様々な部分を受け取り、それをつなぎ合わせて自分になればいいと思っていた。だが昨シーズンあたりからは自分らしさ、色というのがやっと出せるようになったと思えてきた。だからこそふたりへのリスペクトを持ちながら、曲の中に自分の色を入れ込みたいと思うようになったというのだ。
競技を続行しようと決断した彼の心の中には、4回転アクセルに挑戦し、跳びたいという強い気持ちもある。それが今の最大のモチベーションだと。だがそれとともに、新しいプログラムに自分の思いを込めて作り上げ、演じたいという気持ちもある。
「プログラムに関しては何か、自分の好きなようにしちゃおうというのが一番ですね。もう素直に、自分の気持ちとか、童心の中にある夢というものを叶えてあげようという気持ちが、今はすごく強いので。だから今は、すごく子供に戻った感じです」
羽生はこう言うと明るく笑った。大きく開放された心。彼はそれを存分に楽しもうとしているかのようだった。
はにゅう・ゆづる 1994年12月7日生まれ、宮城県出身。4歳からスケートを始める。 2014年のソチオリンピックに続き、2018年平昌オリンピックで金メダルを獲得。五輪連覇は66年ぶりの記録。
※『anan』2019年1月30日号より。写真・能登 直(a prest) 取材、文・折山淑美
(by anan編集部)