建前力はオバさん化への第一歩?

2015.12.19 — Page 2/2

あ〜本音で生きるってツライ(泣)

それは私より少し年上のB子を見ていたときである。

彼女のポリシーは「私は、言いたいことは言います」と尊敬するくらい本音思考。「私の意見に同意できないなら、友達やめてもらってケッコーよ!」という強気なスタンスである。

「そういう生き方を少しだけ参考にしてみようかな」なんて前向きに彼女を見ていると、結構、本音と言う名のグチや政治系主張をネットに投稿している。その結果、当然のようにどこかの誰かと定期的に燃え上がっているではないか。

グチについて励ましのコメントをもらっても、「そういう曖昧な言葉って、ちょっと違和感あるかも」と優しい建前コメントに真っ向本音返信。政治のお話への細かい突っ込みに対しても、「それも1つのお考えだと思いますが…」と、かなり熱心に返信している。 

おそるべし本音女子。私、政治と野球と宗教の話は、チキンなので1ミリも触れられない。というか、触れたら最後、馬鹿がバレてしまうもの!

しかし、言いたいことを言ってさぞ気持ちいいであろう本音女子だが、見ているとどうもそうではないらしい。言葉の端々に「私をわかって! 話を聞いてくれ!」という無言のパワーが溢れている。しかもそのパワーは大体が消化不良でフワフワとその辺をただよっている感すらある。

そんな彼女をただただ見つめる性格の悪い女が私なのだが、ポロリと誰にも聞こえないよう本音を漏らす。「ああ、これ、知ってる。自信ない人がやりがちな奴だ」

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それは本音という名の自己主張

「本音を言う」という行動には、勇気があって潔いイメージがある。だけど最近はネットのせいか、本音の質が少しずつ変わってきている気がする。ネット上での話は、大体が一方通行の発信。誰に伝えたいでもない本音には、言うことの勇気よりも「みんな俺の話を聞いてくれ!」の自己主張がうんと詰まっているんじゃないだろうか。

学生の頃、友達同士では大声で話せるのに、先生に当てられると急に声の小さくなる人がいたけれど、あの自意識過剰な感じにこれはちょっと似ている。周りに言っているふりをして、本当は「そうだね!」が欲しくて言っているから、同意をくれない先生の前では、本音は小声になってしまうのだ。

そんな、人を選ばなくちゃ言えない本音なら、笑って常に建前力で涼しく切り抜けられるほうが、ずっとオトナでカッコいい。

建前ばかりの人生は、自分が汚くなったようで嫌になることもあるけれど、本音は勇気のある強者にしか使えない。だったら私のようなチキンは特に、色々デリケートな問題が噴出するアラサー時代に、建前力をうんと磨くしかないのだ。

「そうだよね、建前が言える私って、オトナの証拠!」

そんな結論に至りながら、久しぶりに美容院の予約を取った。半年も間が空いてしまったサロンへ行くと5年来の付き合いである辛口美容師が、開口一番唸る。

「ちょ、え!? そんなに太ってどうした!?」

うわ!この人、勇気ある本音使いだっ! って、ちょっと、失礼じゃないっすか?


おおしま りえ/雑食系恋愛ジャーナリスト・イラストレーター

10代より水商売やプロ雀士などに身を投じ、のべ1万人の男性を接客。20代で結婚と離婚を経験後、アップダウンの激しい人生経験を生かし、現在恋愛コラムを年間100本以上執筆中。そろそろ幸せな結婚がしたいと願うアラサーのリターン独女。

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