田代 わこ

引きこもりの人が撮った月画像や巨人の落とし物も! 「“共感”を求めない展覧会」で作家がこめた想い

2023.9.1
東京都現代美術館で、5人の作家による展覧会「あ、共感とかじゃなくて。」が開かれています。ユニークなタイトルですが、いったいどんな展覧会なのでしょう? 作家さんたちのお話を聴いてきましたので、レポートします!

共感しなくてもいい展覧会

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「あ、共感とかじゃなくて。」展示室入り口 ※本記事の写真はプレス内覧会で許可を得て撮影しています。

【女子的アートナビ】vol. 310

東京都現代美術館では、例年夏休みの子どもたちに向けてさまざまな展覧会を開催しています。現在開かれている「あ、共感とかじゃなくて。」は、少し大きくなった子どもたちを対象にした企画。

東京都現代美術館学芸員の八巻香澄さんは、本展の趣旨について次のように教えてくれました。

八巻さん 友だちや家族との関係に息苦しさを感じはじめている子どもたちに向けて、共感しなくてもいいんだよ、あなたの気持ちを大事にしていいんだよ、という想いをこめて作った展覧会です。大人のみなさんも、ご覧になって元気になっていただけたらと思います。

答えが見つからない作品

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有川滋男さん

本展は、5人の作家による展覧会です。お一人ずつ、ご自分の作品について解説してくれましたので、ご紹介していきます。

まずは、映像作家の有川滋男さん。有川さんの展示コーナーでは、おもに映像作品を見ることができます。例えば、《ディープリバー》という作品では、何かの仕事をする女性たちの様子が流れていますが、何をしているのか、映像を見続けていてもよく理解できません。今回の作品について、有川さんは次のように説明されています。

有川さん 今回の展示は、「架空の仕事シリーズ」から出しています。この名前のとおり、実際にはありえない、非現実的、非合理的な職業や仕事、そこで働く人に関する作品で、映像を最初から最後まで見ても、どんな仕事なのか、なんの目的なのか、どんな人が働いているのか、わからないようになっています。

私は、目の前にある作品を人々がどう見るか、どう解釈して、どう捉えるかに興味関心があります。見る人によって捉えかたは千差万別。見る人の社会的背景、年収、言葉、性別、宗教、見るときの気分によっても見方は変わります。自分がもつ固定観念により判断し、答えを出そうとするはずです。

私の作品では、「答えが見つからない・判断できない・解釈しづらい」という状態で見続けてもらうことを促しています。想像力を働かせてもらえるような作品を目指して制作しています。コロナ禍で情報が加速度的に錯綜し、ステレオタイプで判断し、偏見をもって物事をとらえることも増えてきました。それを回避するためには想像力が必要不可欠です。この展示で、想像力を喚起できればうれしいです。

巨人伝説に魅了され…

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山本麻紀子さん

次にご紹介するのは、アーティストの山本麻紀子さん。落とし物をひろうのが得意という山本さんは、巨人の落とし物の大きな歯をつくったり、植物を染料として絵を描いたりされています。靴を脱いで入ることができる展示室で、山本さんが作品について語ってくれました。

山本さん この展示室の空間は、アトリエのある滋賀県の家を再現しています。私のなかには、「巨人・落とし物・植物」という3つのテーマがあります。巨人というのは、2012年から巨人伝説に魅了され、それから私は巨人を追いかけています。

また、ふだん活動しているのは、京都駅のすぐ近くにある被差別の歴史をもつ地域です。そこのコミュニティに入り、外国籍の方なども含めた地域の方々と関わり、そのなかで感じたり思ったりしていることなどを作品にしています。そこでは植物にも出合えて、観察したり描いたりしています。展示室の空気感、モノとモノの関係性など、何かしら感じていただけたらうれしいです。

美術館に来られる人は特権性がある

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渡辺篤さん(アイムヒア プロジェクト)の作品《Your moon》2021年

続いての展示室では、かなり暗い空間に作品が展示されています。現代美術家で「アイムヒア プロジェクト」を主宰している渡辺篤さんが、作品について解説してくれました。

渡辺さん 私のキャリアは特徴的で、足掛け3年引きこもりして、そこから社会復帰しました。今回の展示室では、実際に引きこもりをしている人たちが自身の部屋を撮影した作品や、コロナ禍のときに開始した、同じ月を見て写真を撮るプロジェクトの作品などを紹介しています。

月の写真は、引きこもりに限らず、「孤立を感じている人々」という条件で参加者を募集して、国内外さまざまな方にスマホにつける望遠鏡を送り、写真を撮ってもらいました。約50名のメンバーたちが日々送ってくれた写真をライトボックスにして展示しています。

私がいくつかのプロジェクトをとおして大事にしているのは、美術館に来られる人と作品を共有し、喜びを分かち合い、楽しむということ。そして、ここにいない人のことを常に忘れないこと。ここに来られる人は、特権性があります。コロナを通じて私たちが知ったのは、ここに来られない人、出られない人がいるということ。コロナが終わっても、引きこもりや障害をもっていて、ずっと出られない人もいます。その人たちがいる同じ社会で我々は生きているということを、この場所で、作品を通して一緒に考えてもらえたらと思っています。

教科書カフェ

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武田力さん

次の展示室では、演出家で民俗芸能アーカイバーの武田力さんの作品を見ることができます。武田さんの作品は、《朽木古屋六斎念仏踊り継承プロジェクト》と、《教科書カフェ》の二つ。

武田さん 日本の集落には、何百年も前から伝わる芸能があります。お盆の時期、集落に帰ってくる祖霊たちに向けた儀式として行われている民俗芸能などですが、地域の人口が年々減少して継承が難しくなり、どうやって継いでいくことができるのか、というのが問題になっています。なんとか、この芸能を継承してほしいということで、ぼくらアーティストに声がかかりました。会場では、2016年に継承が復活したときの映像を流しています。

また、《教科書カフェ》という移動図書館のような車には、戦後から平成までの小学校のときの教科書が置いてあります。寄贈いただいたもので、名前が書いてあったりもします。実際に教科書を手にとって、ここに座って読んでみてください。ぼくも、毎日ではないですが、ときどきここに来ていますので、みなさんと交流できたらと思っています。

壁を鑑賞!?

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中島伽耶子さんの作品《we are talking through the yellow wall》展示風景

最後は、アーティストの中島伽耶子(なかしまかやこ)さんの作品《we are talking through the yellow wall》。黄色い大きな壁が、明るい部屋と暗い部屋を隔てています。

中島さん この壁は石の壁を突き抜けて、隣の小さな展示室を明るい部屋と暗い部屋に分断しています。この壁を鑑賞してみてください。壁や境界、こちら側と向こう側の違いというのは、目には見えなくても人と人がコミュニケーションする時には必ず存在しています。また、すれ違いや意識のずれなどもあります。それを実際に壁を立てることで表そうとしています。

展示室にあるリアルな壁にはスイッチや穴があり、壁の向こう側を想像できます。誰かいそうな感じがして、こちらのリアクションが相手に伝わるような、クリアではないけど向こう側を意識できる状態を作品にしてみました。でも、壁のこちら側と向こう側で受けとれる情報が違うことを体感できると思います。

11月5日まで開催

不思議な映像を見たり、巨人の落とし物を触ったり、月の写真や昔の教科書、壁を眺めたりと、ひとつの展覧会でさまざまな体験ができます。

共感も理解も求められていないので、気楽に楽しめると思いますが、私の場合、全体を見終わったあと、何かいつもと違う部分の感覚が刺激を受け、フシギな感覚に陥りました。何回か足を運んでみたくなる、そんな展覧会です。

本展は11月5日まで開催。

Information

会 期:~11月5日(日)
会 場:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休 館 日:月曜日(7/17、9/18、10/9は開館)、7/18、9/19、10/10
観覧料:一般¥1,300 大学・専門学生・65歳以上¥900 中高生¥500 小学生以下無料 

公式HP: https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/empathy/