志村 昌美

貫地谷しほり「若年性認知症の現実を学び、意識が変わりました」

2023.6.24
現在、社会的にも大きな関心が寄せられている問題といえば、認知症や介護について。そんななか、まもなく公開を迎える注目作『オレンジ・ランプ』では、39歳で若年性認知症と診断された夫とその妻の9年にわたる道のりを実話に基づいて描いています。そこで、主演を務めたこちらの方に、お話をうかがってきました。

貫地谷しほりさん

【映画、ときどき私】 vol. 588

映画『サバカン SABAKAN』やドラマ「大奥」など、幅広い作品で活躍を続けている貫地谷さん。劇中では、若くして認知症を発症してしまう夫を前向きに支え続ける妻の真央を演じています。そこで、本作を通じて感じたことや夫婦として大切にしたい思い、そして笑顔の秘訣について語っていただきました。

―最初にオファーがあったときのお気持ちはいかがでしたか?

貫地谷さん いま、私の母が認知症の祖母を介護しているというのもきっかけの1つとしてありましたが、この作品はとても明るいお話だったので、それをみなさんにも伝えたいという思いで受けました。というのも、以前流行った韓国映画『私の頭の中の消しゴム』の影響もあり、若年性認知症には私自身も悲しいイメージがあったからです。

―実際、台本を読まれてみてどういう印象を受けましたか?

貫地谷さん 正直に言うと、この作品ではあまりにみんながいい人すぎたので、「本当にこんなファンタジーみたいな世界があるのかな?」と疑うような気持ちがあったのも確かです。でも、作品が出来上がって試写をしたときに、主人公のモデルである丹野智文さんが号泣しながら「そのまんまです」とおっしゃっていたので、現実にこんな優しい世界があるんだなと驚きました。

この話が奇跡ではなく、当たり前の世界になってほしい

―確かに、まさに映画のようなお話ですよね。

貫地谷さん 家族も友達も会社の人たちみんながすごく理解のある方々なので、私も最初は奇跡だと思っていました。ただ、実際にあったことなので、奇跡ではなくてこれが当たり前になる世の中になってほしいなと。この話が本当だという事実が私にとっては励みになっています。

―とはいえ、認知症に対する世間のイメージはまだまだ厳しいものが多いのが現実です。本作で描かれているような優しい世界が当たり前になるためには、どうすればいいと思われますか?

貫地谷さん まずはこの映画を観ていただきたいですが、私が思ったのは、知っているのと知らないのとでは、大きな違いがあるということです。たとえば、認知症の方が食事のあとに「まだご飯を食べていない」と言ったとして、「さっき食べましたよ」と否定するのは自尊心が傷つけられてしまうので言ってはいけないとされています。でも、これも知らないと普通に言ってしまいますよね。

それから、いまは行政の支援もいろいろと増えてきたそうなので、相談できる場所があるということを頭のなかに留めておくことも大事なこと。これは認知症に限ったことではないと思いますが、介護ではつい我慢したり、1人で抱え込んだりしがちなので、そういう仕組みを知っておくことの大切さを私も今回学びました。

夫のように相性のいい人と出会えてラッキーだった

―演じるうえで、「もし自分だったらどうするか?」というのが頭をよぎったこともあったのではないかなと。

貫地谷さん そうですね。丹野さんのようにさまざまな機能をうまく活用していけばいいのかなとか、支えてくれる家族のことなど、いろいろと考えました。本当にいつ何が起こるかわからないですからね。以前なら「後でやればいいかな」と考えていたことも、「いますぐやったほうがいい」という意識に変わったのはこの作品の影響だと思います。

―また、本作は夫婦の物語でもありますが、丹野さん夫妻の生き方に触れたことでご自身の夫婦観にも変化はありましたか?

貫地谷さん 「夫のことを大切にしよう」と改めて思いました。ときには自分の価値観やペースを押し付けそうになってしまうことがありますが、もっと夫の考えを尊重しなきゃいけないなと。私は本当に何でも夫に話してしまうので、秘密がなさすぎて逆に大丈夫かなと思うこともあるくらいです(笑)。一番の親友でもあります。

―では、夫婦円満の秘訣として意識していることは?

貫地谷さん 付き合っているときも、結婚してからもまったく関係が変わらないので、単純に相性がいいんでしょうね。そういう人と出会えてラッキーですし、ありがたいことだなと感じています。お互いの両親も仲良くしていて、お正月には両家揃ってみんなで過ごすほど。何かあっても、家族の存在は心強いなと思えます。

人と健康は財産だと感じている

―素敵なご関係ですね。また、本作では、つらいときは大丈夫ではないと周りを頼ってもいいんだと教えてくれますが、ご自身は悩みがあるときはどのようにされているのでしょうか。

貫地谷さん 私は自分の悩みは自分で解決するほうであまり人に言わないタイプなので、周りが良かれと思ってかけてくれた言葉がまっすぐ届かないこともありました。でも、何気なく聞いた言葉からヒントを得られることもあるので、やっぱりいろんなことに耳を傾けるのは大事だなと。この作品で周りの人たちがこんなにも力になってくれることに気づかされたので、本当に人と健康は財産だなと思います。

―ちなみに、これまで貫地谷さんがかけられた言葉によって救われた経験があればお聞かせください。

貫地谷さん たくさんありますが、渡瀬恒彦さんと最後にご一緒させていただいたときのこと。渡瀬さんからお手紙をいただいたのですが、そこに「貫地谷がこれからすることは、愛に惑うことです」と書かれていました。迷っているときやつらいとき、答えが見つからないときがあっても、その言葉を思い出すと「この瞬間が大事なんだ」と思えるのですごく救われています。

言葉の通じないところで、本当の冒険がしてみたい

―30代前半でananwebにご登場いただいた際、「30代はきちんと生活をすることを意識している」「もっと冒険して好きなものを突き詰めたい」とお話されていましたが、30代も後半に差し掛かってきて心境に変化は? 

貫地谷さん いまも考えていることは同じですし、その通りにやってこれている気がしています。しかも、夫がすごく好奇心旺盛なタイプなので、おかげで私もいろいろと見ることができたり、知ることができたりしているので楽しいですね。食事のことをちゃんと考えるのも当たり前になってきたので、そういったこともうれしいです。

―してみたい冒険については、「苦手意識があるが、色っぽいお芝居にも挑戦してみたい」ともおっしゃっていましたが…。

貫地谷さん そこに関してはまだしてないですし、いまだに苦手ですね(笑)。それよりも本当の冒険がしたいですね。というのも、私は旅行をしたり、漫画を読んだりして異世界に思いをはせることが好きなので、言葉が通じないようなところでがんばってコミュニケーションを取るような経験ができたらいいなと。最近は、旅に出ることが私のモチベーションとなっています。

―では、いま行きたいところといえば?

貫地谷さん 暖かくて、海がある場所でゆっくりできたらいいですね。ちなみに、つい最近もビーチがある海外に1週間くらい旅行したんですが、東京に帰ってきてしばらくしたらスマホに「先週より使用時間が38%増えています」という表示が出ました。そのときに気づいたのは、旅行をしたことでこんなにもデジタルデトックスもできていたんだということ。心が波立つこともなかったので、こういう時間は必要だと改めて感じました。

自分の気持ちがどこにあるのかを知るのは大切なこと

―貫地谷さんと言えば、いつも笑顔が素敵ですが、意識されていることがあれば教えてください。

貫地谷さん 以前、「自分に嘘をついていると、本当の気持ちがわからなくなっちゃうよ」と言われたことがありますが、まさにその通り。私の場合は夫に愚痴ったり、友達に話をしたりしますが、自分にとって何がつらいのか、何が悲しいのか、何が楽しいのか、というのを明確にするのは大事なことではないでしょうか。

自分や人に嘘をつくというのはすごく体力を使いますし、つじつまを合わせるのも面倒くさいので、正直に生きることがストレスを溜めない秘訣であり心が一番健やかになる方法だと思います。

―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

貫地谷さん まずは、自分の気持ちがどこにあるのかというのを知るのはすごく大切なことだと思います。私は20代前半に悲しかったり、つらかったり、悔しかったりすることが多かったですが、30歳頃に同じような波が来たときにちゃんと向き合ってみたら前よりも少し自分に優しくなれました。

周りに流されないことも大事ですが、そんなふうに受け入れてみる瞬間も必要だと考えています。ぜひ、無理せずに自分が心地いいと感じるペースでやってみてください。

インタビューを終えてみて…。

ananwebの連載にご登場いただくのは、3回目となった貫地谷さん。お会いするたびに魅力が増しているように感じていましたが、ご夫婦の素敵なエピソードを聞いて思わず納得してしまいました。明るさと芯の強さを兼ね備えた真央は、貫地谷さんのハマり役でもあるので、ぜひそのあたりも注目してご覧ください。

諦めなければ、希望の灯りは見つけられる!

家族だけでなく、周囲の人たちにどれだけ支えられて生きているのかを改めて感じさせられる本作。人生は思いがけないことの連続ではあるものの、向き合い方によっては新たな発見や可能性に出会うこともできるのだと気づかせてくれるはずです。


写真・安田光優(貫地谷しほり) 取材、文・志村昌美
ヘアメイク・ICHIKI KITA(Permanent)
ジャケット¥69,300、ベスト¥42,900(ともにsuzuki takayuki/03-6821-6701) 、パンツ¥25,300(MEYAME/ソークロニクル 03-5486-8009)、ピアス¥6,600(AMOR/http://aikodama.com )、シューズ(スタイリスト私物)

ストーリー

妻の真央と2人の娘と暮らしていた39歳の只野晃一。カーディーラーのトップ営業マンとしても、充実した日々を送っていた。ところが、顧客の名前を忘れるなど、晃一に異変が出始める。そんななか、下された診断は「若年性アルツハイマー型認知症」だった。

驚き、戸惑い、不安に押しつぶされていく晃一は、退社を決意する。心配のあまり何でもしてあげようとする真央だったが、ある出会いがきっかけで2人の意識が変わる。そして、「人生を諦めなくていい」と気づいた彼らを取り巻く世界が変わっていくことに…

優しさに満ちた予告編はこちら!

作品情報

『オレンジ・ランプ』
6月30日(金)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
配給:ギャガ
https://www.orange-lamp.com/
(C)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会