志村 昌美

「期待を裏切ることをいつも考えている」“ノンバイナリー”を公言した女性監督の戦いと支え

2023.5.31
近年、国内外の映画界で活躍が目覚ましい存在といえば女性監督。そこで今回オススメするのは、フランス映画界で“ジェンダーニュートラルの時代に突如現れた新星”として注目を集めている次世代の女性監督が手掛けた話題作です。

『Rodeo ロデオ』

【映画、ときどき私】 vol. 581

短気で独立心の強いジュリアは、バイクにまたがるために生まれてきたような人物だった。ある夏の日、彼女は「クロスビトゥーム」というヘルメットを装着せずに、アクロバティックな技を操りながら公道を全速力で疾走するバイカーたちに出会う。

そして、ある事件をきっかけに、彼らが組織する秘密結社の一員となった彼女は、超男性的な集団のなかで自分の存在を証明しようとする。しかし、次第にエスカレートする彼らの要求に直面し、コミュニティでの自分の居場所に疑問を持ち始めるのだった…。

2022年にカンヌ国際映画祭のある視点部門で上映された際には、審査員たちの絶大な支持を受け、本作のために特別に設けられた “審査員の心を射抜いた”という意味のクープ・ド・クール・デュ・ジュリー賞を受賞。そこで、本作の見どころについてこちらの方々にお話をうかがってきました。

ローラ・キヴォロン監督 & アントニア・ブレジさん

本作で長編映画監督デビューを果たして大きな注目を集めているローラ監督(写真・左)と、共同脚本を務めるかたわら主人公のジュリアが心を許す女性オフェリーも演じた俳優のアントニアさん(右)。公私ともにパートナーでもあるおふたりに、作品が完成するまでの裏側やお互いへの思い、そして東洋思想から影響を受けていることなどについて語っていただきました。

―ローラ監督は子どもの頃から近所で若者がモトクロスをしている環境で育ったそうですが、そのときから興味を持たれていたのでしょうか。

ローラ監督 以前からバイクには力強さとスピード、そして激しさを凝縮したような一面があると感じていましたが、何よりも自由を象徴する存在だと思っていました。そんななか、2015年にSNS上で目にしたのがクロスビトゥームの映像。彼らのやっていることの華々しさと情熱に加えて、どこかポエティックなものに魅了されて会いに行きました。

彼らの強い連帯感や楽しんで練習している姿が純粋に美しかったのもありますが、彼らのなかにパリ郊外で生まれ育った頃の自分を思い出す部分もあったので、そういう意味でも惹かれたんだと思います。

―今回は共同脚本ということですが、おふたりでどのように作業されていたのかを教えてください。

アントニアさん 私たちは仕事でもプライベートでもパートナーということもあり、以前から1つのことを一緒にすることでお互いの結びつきを強くできたらいいなと考えていました。そこでまずは「ローラの無意識のなかにはどんなことがあるのか?」といったことを中心に探りながらシナリオを書くことにしたのです。そういった流れのなかでキャラクターやストーリーについて考えていったわけですが、私はシナリオライターではないので、方法としては伝統的なシナリオの作り方ではありませんでした。

それよりも自分たちが日々感じていることから自然と何かをくみ取り、新しいものを作っていくような感じだったかなと思います。あと、私が主に担当したのは、自分が演じたオフェリーのセリフや物事の見方について。これまでの俳優としての経験を踏まえたうえで、私のほうが理解できると思ったので、彼女の会話部分は私が中心に手がけました。

アントニアのおかげで自分を見失わずにいられた

―ローラ監督にとって、アントニアさんはどんな存在ですか?

ローラ監督 私にとってアントニアは、言わば“灯台の光”。なぜなら、彼女を見ればつねに自分の居場所がわかるからです。私の場合、シナリオを書くというのは意識と無意識のバランスを取る作業であり、その動きのなかから物語が生まれます。無意識の部分は謎めいていてはっきり見えないこともありますが、それを形にしてくれるのがアントニアです。

シナリオを書くうえで、一旦自分を見失うというのも私にとっては大事なことですが、そればかりだとどこかに流れていってしまうことがあります。でも、彼女は海に浮かぶブイのようにそばにいてくれたので、私は完全に自分を見失うことなく、バランスを保つことができました。

―素敵な関係性ですね。ジュリアについてもおうかがいしますが、シーンによっては女性性が強調されているときもあれば、男性性が表に出てきているときもあり、非常に興味深いキャラクターだと感じました。セクシャリティについてはあえて明確にしていませんが、どのようにして人物像を完成していったのでしょうか。

ローラ監督 ジュリアは誰にも止められない川の流れのような強い力を持った特異な存在ですが、同時にとても自由な人物にしたいと考えました。彼女を男性性と女性性の間を揺れ動いているように見せたのは、2つの間で絶え間なく動いているイメージを持たせるためです。

ほかにも、劇中の彼女には「生と死」や「夢と現実」の間を行き来させました。そうすることで、ジュリアを誰にも定義することができないカメレオンのような存在にできたと感じています。いっぽうで彼女は他者のカラダに入り込み、相手に変化を起こしながら自分も変異していくウイルスのようなところもあるのかなと。そういう部分が観る人たちの考え方を変える力も持っているのだと思っています。

本物の信頼関係がリアルなリアクションを生む

―ジュリアを演じたジュリーさんの存在感も圧倒的でしたが、アントニアさんは一緒に演じてみてどうでしたか?

アントニアさん 彼女と出会ったのは、撮影が始まる3年ほど前のこと。そのときからお互いの経験について話し合ったりしていたので、現場に入る前から親密な関係性ができあがっていたと思います。今回、私の役割というのは、ジュリーと一緒にリハを重ねたり、演劇的なやり方で役作りをする方法を教えたりすることでしたが、彼女はそれらをすぐに自分のものにしてくれました。

撮影では競技に挑むアスリートのように精神的にも身体的にも集中力が求められるので、かなり綿密な準備もしましたが、そのおかげで私たちの間に不自然さやぎこちなさというのがまったくない状態にまで持っていくことができたと思っています。

―それぐらいの信頼関係がなければ、ヘルメットをしない状態で一緒にバイクに乗るシーンの撮影もできなかったのではないかと感じました。

アントニアさん 確かに、お互いへの信頼がなければああいうことは不可能だったかもしれません。それに私は役になりきるために、撮影中は自分である意識をなくすような状態にするのですが、そこで信頼関係がなければ、そもそもそういう状況に自分を置くこともできなかったと思います。

これはほかの俳優と演じるときにも言えることですが、本物の信頼関係を成立させたうえでさまざまなリスクを取るからこそ、リアルなリアクションやさまざまな思いつきが生まれるのです。

決められた枠組みから逃れることをいつも考えている

―劇中では男性社会のなかに飛び込んでいくジュリアの姿が描かれていますが、いまだに映画界も男性社会とされています。監督はノンバイナリーであることを公言されてはいますが、女性監督として難しさを感じることも多いのではないでしょうか。

ローラ監督 映画界はもちろん、世界中がまだ男性中心なので、そのなかで女性が居場所を求めようとすれば、必然的に戦わなければいけません。そういう意味では、私はジュリアと似ているところがあるかもしれないですね。というのも、私は決められた枠組みから逃れ、他人からの期待を裏切ることをいつも考えているからです。

そういったこともあって、私の作る映画というのは決してスタンダードになることなく、つねに自由なのかなと。実際、ジュリアもカメラのフレームには収まりきらない存在として描きました。

―また、本作に関しては、コロナ禍で読んだ道教や神道の本から影響を受けているところがあるとか。

ローラ監督 そうなんですよ。そもそも私は昔から東洋思想に興味がありました。なかでも、「生と死はつながっているものであって同じサイクルにすぎない」というような考え方に魅了されています。そして、東洋思想によく見られる水、火、地といった自然に関わるエレメントにも親近感を抱いていたので、この映画でもそこを突き詰めてみたいなと。なので、たとえばジュリアの怒りは真っ赤に燃え盛る火で表してみたり、ブルーを基調にした静かなシーンでは水をイメージしたりしています。

そのほかにも、死んだ人間が亡霊として再び姿を現すところなどは、生と死の循環や東洋の死生観を意識しました。撮影現場でも、スタッフやキャストに対して、「私たちは祖先や亡くなった人たちと一緒に映画を作っているんだよ」といった話をよくしたほどです。そういったこともあって、たとえ死んでしまっても残された人たちのなかでより存在感が増していくような様子を作品のなかでも描きました。

美的感覚が優れている日本文化は“洗練の極み”

―ちなみに、日本に対しても何か興味をお持ちのことはありますか?

ローラ監督 日本は美的感覚が優れているので、グラフィックや漫画、ホラー映画などにおいて素晴らしい印象が強いです。そして、日本文化といえば細部にまでこだわっているので、“洗練の極み”だと思っています。あとは、日本の人々が持っている恥じらいの気質も素敵ですよね。

アントニアさん 私がフランスやヨーロッパとまったく違うと感じているのは、日本に流れている時間や季節の感覚。そういう部分も私たちにとっては、非常に魅力的なところです。

―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

ローラ監督 女性というのは社会の規範に当てはめられ、周囲からステレオタイプな眼差しで見られがちですが、ジュリアというキャラクターと出会うことで、みなさんにも彼女の自由に生きる力を感じていただけると期待しています。そして、人と違うことは決して悲しむべきことでも、悪いことでもありません。むしろそういう自分に対して自信を持ってほしいですし、周りと違う何かが力となって自由が生まれると私は信じています。

アントニアさん いまはさまざまなカテゴリーに区別されてしまう時代ではありますが、逆にこれまでなかったハイブリッドなものを作ることができる余地がある時代のようにも感じています。なので、女性たちには決められた枠の外にもっと出てもらえたらいいなと。抑圧から解放され、世界に向けて新しいものや言葉を生み出してほしいです。

止まることなく、自由に向かって走り抜ける!

圧倒的な疾走感と迫力に心を撃ち抜かれ、アドレナリンも全開になること間違いなしの本作。ギリギリを突っ走る恐れ知らずのジュリアの姿に抑えていた欲望が沸々とわき上がり、全力でアクセルを踏み込む怖さも吹き飛んでしまうはず。


取材、文・志村昌美

衝撃が走る予告編はこちら!

作品情報

『Rodeo ロデオ』
6月2日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー
配給:リアリーライクフィルムズ + ムービー・アクト・プロジェクト
https://www.reallylikefilms.com/rodeo
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