脱・優等生ヒロイン像の確立も! 「朝ドラ」を変えた歴代ヒロインたち

2023.9.30
放送が始まった1961年から、時代の変化に合わせ、その時どきに求められる女性像を懸命に模索してきた「朝ドラ」。「朝ドラ」ファンのおふたりに、長い歴史の中でヒロイン像の転換点となった作品を挙げていただきました。

朝ドラHistory

1961年『娘と私』…第1作が放送開始
1983年『おしん』…最高視聴率62.9%を記録
2001年『ちゅらさん』…初めて沖縄が舞台に
2006年『純情きらり』…『おはなはん』(’66)以降初めてオーディションを行わずにヒロインをキャスティング
2010年『ゲゲゲの女房』…放送開始時間を8時に変更
2011年『カーネーション』…破天荒なヒロイン像が話題に
2013年『あまちゃん』…画期的な脚本で社会現象に
2014年『マッサン』…19年ぶりの男性主人公&初の外国人ヒロインを起用
2017年『ひよっこ』…日常を丁寧に描く物語に共感が
2020年『エール』…6年ぶりの男性主人公を起用
2021年『カムカムエヴリバディ』…初の3人のヒロインを起用
2023年『ブギウギ』…10月2日より放送開始

朝ドラを変えたヒロイン『ゲゲゲの女房』

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極貧でも漫画に生きる夫を支える妻の奮闘記。
生まれ育った島根県で家業を手伝っていた布美枝(松下奈緒)は、東京で漫画を描いている茂(向井理)と結婚。どん底生活をものともせず、逞しく生きる。

朝ドラを変えたヒロイン『カーネーション』

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社会的規範より恋心を貫いた画期的名作。
糸子(尾野真千子)は、20歳で洋裁店を開業。夫を戦争で亡くした後、妻子ある周防(綾野剛)を店に置き、不倫関係に…。モデルは、コシノ三姉妹の母親。

朝ドラを変えたヒロイン『あまちゃん』

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宮藤官九郎脚本で視聴者層を拡大!
高校生のアキ(能年玲奈)は、祖母に憧れ、海女を目指す。やがて、親友のユイ(橋本愛)とご当地アイドルに。“じぇじぇじぇ”はその年の流行語大賞を受賞。

朝ドラを変えたヒロイン『カムカムエヴリバディ』

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3世代の女性たちが、自分らしく生きる。
昭和、平成、令和の3つの時代を安子(上白石萌音)、るい(深津絵里)、ひなた(川栄李奈)が試練にぶつかりながらも、恋に仕事に懸命に生きていく。

Turning Point

1、脱・優等生ヒロイン像の確立。

朝ドラのヒロインといえば、長らく“清く正しい、明るくて前向きな優等生”だった。そのイメージを大きく一変させたヒロインとして、テレビドラマ論が専門の早稲田大学文化構想学部教授の岡室美奈子さんが挙げるのが『カーネーション』の糸子。

「糸子は、家で洋裁の仕事をひたすらやって、家事や子育ては母親任せ。畳の上に寝転がって舌打ちもして、およそ朝ドラのヒロインらしくないんです(笑)。失敗もたくさんしますし、不倫もする。そんな自分の生き方を貫くヒロインを、脚本家の渡辺あやさんが非常に魅力的に描きました」

ライターのてれびのスキマさんも、『カーネーション』の画期性に注目。

「糸子は、従来の朝ドラのイメージである前向きさは持っているけど、清く正しくはない。そうした矛盾や業を背負っているキャラクター。ドラマ中『あんたの図太さは毒や』と批判されますが、あの台詞は、これまでの清く正しい朝ドラヒロインへのアンチテーゼにも感じられました」

従来の朝ドラヒロインのイメージを覆した作品として、多くの人の記憶に残っているのが『あまちゃん』。

「アキは、“成長しなければいけない”という、朝ドラヒロイン、さらには私たちを縛っていた呪いを解いてくれたキャラクター。アキも、北三陸に来た頃と比べればものすごく変わるのだけれど、優等生的な成長とは違うと思うんですね。アキが友人のユイに『ダサいくらい何だよ、我慢しろよ!』と言い放つシーンがあったんですが、ユイだけでなく、私たちの“ダサくてはいけない”という呪いも解いてくれた台詞だと感じました。アキは、私たちが知らず知らずのうちに背負っていた“~ねばならない”から視聴者を自由にしてくれたヒロインだったからこそ、共感を呼んだのでしょう」(岡室さん)

「アキは、最初は地味で暗く、向上心も協調性もなかったけど、三陸に行ってからは前向きに…という流れそのものが、朝ドラヒロインの“パロディ”のようでもありました。アキを応援しながら、いつの間にか自分が元気になっているところは、しっかり朝ドラだったなと。僕が、ヒロイン像に変化を与えた作品に加えたいのが『ひよっこ』です。脚本の岡田惠和さんは、この作品で朝ドラの王道を踏まえつつ、素敵な会話劇を構築しました。でも、ヒロインとなると、夢に向かって一直線な朝ドラ的キャラクターと違い、特別な夢は持っていないけど、日常をしっかり生きている。そんなみね子(有村架純)は、その後の朝ドラのヒロイン像に影響を与えたと思います。また、ヒロイン選考の変更が、大きな転換を促したとも考えていて。若手の登竜門だった頃は、夢に向かって一直線のヒロインとそれを演じる俳優さんの成長をみんなで見守ってきたのが朝ドラ。それが『純情きらり』を機に、既に実績・知名度がある人が選ばれることが増え、その傾向は『まんぷく』(’18)以降顕著に。“実力者”には役の機微を表現できる安心感があるので、地に足がついた等身大のヒロインも描きやすくなったのだと思います」(てれびのスキマさん)

2、“女の人生”の多様化。

まだまだジェンダーギャップはあるものの、女性も自由に働き方や生き方を選べる時代に。そんな世相を反映するかのように、近年のヒロインは、さまざまな生き方を提示してくれている。

「『あさが来た』(’15)のあさ(波瑠)は、幕末から大正の女性が表舞台で活躍することがほぼなかった時代に、結婚後、実業家として大成功します。戦後を描いた『べっぴんさん』(’16)のすみれ(芳根京子)は、結婚して子供を産んでからベビー服の会社を立ち上げました。『スカーレット』(’19)の喜美子(戸田恵梨香)は、陶芸家として自分の芸術を選んだけど、離婚後も夫といい関係を続けます。結婚するしない、子供を持つ持たないにかかわらず、近年の朝ドラがさまざまな形で描いてきたヒロインたちの共通点は“受け身”ではなく、自らの手で人生を切り拓く強さがあること。3代の母娘を描いた『カムカムエヴリバディ』にしても、大正生まれの安子は、戦争で夫を失い、子供のるいとは生き別れになるものの、アメリカで成功します。そのるいは、ヒモのような夫を普通に受け入れ、自身の才覚で生活を成り立たせていく。そして、その娘・ひなたは、平成・令和の世でバリバリ働きます。その時どきに求められる女性像を一生懸命追求してきたところが、朝ドラが長く愛されている理由のひとつだと思います」(岡室さん)

「昔から、朝ドラのほとんどは女性の一代記を描き、しかもその女性が自立していることが多かったという意味で、ジェンダーの視点から常にテレビドラマの先頭を走ってきたといえます。当時の常識を突破してきた女性をモデルとすることで、現代の多様性を描いてきた一方で、男性が主人公やメインキャラクターになると、一直線にロマンを求めるキャラクターがとても多いんですよね。それが朝ドラの興味深いところですし、現代において、男性のほうが無邪気に夢を追いかける姿をそのまま作品の中で描いても受け入れられやすい土壌があるように感じます」(てれびのスキマさん)

朝ドラの特徴に、ヒロインに実在のモデルがいて、舞台設定が古いことがある。10月2日にスタートする『ブギウギ』のヒロイン・鈴子も、昭和の大スター・笠置シヅ子がモデルに。

「モデルがいない現代作品は、視聴者が身近に感じられるがゆえに、逆に女性を自由に描きにくいところがあるのか、例外はありますけど、ヒロインがやや保守的に感じることがあります。舞台設定が現代だと、女性の一生を描いた時に制作側と視聴者との間に齟齬が生まれやすく、かつ敏感に反応されることもある。でも、モデルがいれば“その人がそういう人生を歩んできた”という大前提ができますし、舞台設定を昔にして、時間的な距離を作れば、ツッコまれにくく、多様な女性の生き方を描きやすくなるのかもしれません」(てれびのスキマさん)

3、放送時間の変更とSNSの普及。

2010年の『ゲゲゲの女房』から、放送開始時間を8時15分から15分繰り上げ8時に。第1作は8時40分スタートだったが、第2作以降、48年もの間、8時15分スタートが続いていた。

「かなり時代をさかのぼるのですが、第17作の『雲のじゅうたん』(’76)のヒロインは、秋田の高校を卒業して、飛行士を目指します。それ以降、地方出身のヒロインがある職業を目指す“職業路線”が定着していきましたが、時代的に朝ドラらしい良妻賢母として家庭を守る女性像と、自己実現を目指す職業路線とで折り合いをつけるのがなかなか難しかった。その結果、その職を目指して頑張っていたのに、あっさり結婚して諦めてしまうというパターンも少なくなかったんです。こうした朝ドラが抱えていた根本的な矛盾がひとつの要因となり、停滞期もありましたが、8時スタートに変わった『ゲゲゲの女房』から、その矛盾がやわらいだ印象が。本作のヒロイン・布美枝も見合いから5日であっさり結婚して主婦になりますが、夫の仕事場でもある家の実権はしっかり握っていた。『ごちそうさん』(’13)のめ以子(杏)も、料理の達人でいくらでも店を持つ機会があっただろうに、周りの人を料理で喜ばせることに徹します。放送時間の繰り上げで、働く女性たちも視聴しやすくなりましたが、ヒロインは外で働く/働かないという単純な二択から、自由になったのが逆に新鮮だったのではないでしょうか」(岡室さん)

『ゲゲゲの女房』が放送されたあたりの変化として、もう一つ大きいのがSNSでの盛り上がり。

「放送された2010年頃に、ちょうどTwitterが普及し始め、漫画が題材だったこともあって、オリジナルの絵を上げる人がいたり、SNSと連動して盛り上がる機運を作った作品といえます。毎朝決まった時間に放送される朝ドラは、感想をリアルタイムに更新できるSNSとの相性が非常に良かったので、SNSでの評判が朝ドラを見る習慣がない人を引き込む要因にも。TwitterがXになるなど、SNSの世界が動くなかで、ドラマとの関係性も変わっていくはず。そこで、より自由で、多様性のあるヒロインが出てくることを楽しみに期待したいです」(てれびのスキマさん)

岡室美奈子さん 早稲田大学文化構想学部教授。専門はテレビドラマ研究、現代演劇研究など。ギャラクシー賞や民放連賞などの審査員、放送番組センター理事、フジテレビ番組審議委員、橋田文化財団評議員なども務める。

てれびのスキマさん ライター。根っからのテレビ好きで、ドラマからバラエティまでさまざまな番組レビューを執筆。著書に『芸能界誕生』(新潮新書)、『史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春記1980‐1989』(双葉社)など。

※『anan』2023年10月4日号より。イラスト・GreenK. 取材、文・小泉咲子

(by anan編集部)