訳ありげな気配漂うものの…男女のささやかな絆を描く物語『あなたに安全な人』

2022.1.7
亡くなった両親が住んでいた東北の家に戻り、いまは一人暮らしをしている妙。水回りの不具合を見てもらおうと便利屋の青年、忍を呼ぶ。雑用で妙の家に呼ばれるうち、ふたりの距離は少しずつ縮まる。もっとも、ひと回りほど妙が年上で、恋愛や友情などとは程遠い。それでもふたりのささやかな連帯に希望がにじむ。木村紅美さんの『あなたに安全な人』は、そんな物語だ。
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「これまで書かれたことのない関係が書けていたらいいなと思います」

妙と忍とが交互に語りを務める。どちらも東京近郊からのリターン組というだけでなく、他にも共通点がある。元教師の妙は夏休みに、忍はデモの警備をしているときに、それぞれ事件が起きて人が死に、「自分はその死に関わっているのではないか」という負い目を背負うことになったのだ。近所では東京からの移住者が不審な孤独死をしたばかりで、コロナ禍でのその出来事もまた、彼女たちの感情をかき乱す。

「『そんなつもりはなかったけれど、もしやあのとき、自分はあの人を傷つけてしまったのではないか』という罪悪感を持ったり、『この人を傷つけたい』という衝動にからめ取られたりって、わりと誰にでもある経験のような気がします。そうした負の感情から目を逸らさず、書いていきたいと思いますね」

互いの苦境や本音を打ち明け合ったりもしないため、ふたりの間に漂うのは、ただ訳ありげに思える気配だけ。それにうっすら気づきつつ、問い詰めたりしないその距離感が好ましい。実際、妙と忍の交流は、ときにユーモラスにさえ映る。

そんなふうに、木村さんの小説はいつもどこか人間が本質的に持つ寂しさと滑稽さがないまぜになって進む。実は、20代のころから『楢山節考』で知られる深沢七郎が好きだと聞いて、合点がいった。

「『みちのくの人形たち』という短編集が特に好きです。東北の村での間引きなど暗い因習についての物語ではあるんですが、私は、そこにむしろ生きる気力をもらったんですね。死んでいたかもしれない、生まれていなかったかもしれないと思うことで、逆に生きることを受け入れることができたというか」

本書からも、そうした逆説的なたくましさをもらえる気がする。

『あなたに安全な人』 意味深なタイトルは、木村さん自身が好きな韓国の現代文学の影響や、安全という言葉の持つ危うさから考えついたものだとか。河出書房新社 1837円

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きむら・くみ 1976年、兵庫県生まれ。現在は岩手県盛岡市在住。2006年、「風化する女」で文學界新人賞を受賞しデビュー。著作に『まっぷたつの先生』『雪子さんの足音』などがある。

※『anan』2021年12月29日‐2022年1月5日合併号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)