「普通」の呪縛から逃れられるか? 生き方を模索する女性を描く、大谷朝子『がらんどう』

2023.4.3
一度も恋愛感情を持ったことがないけれど、結婚や子どもをあきらめることもできない38歳の平井。両親の離婚によって結婚には興味が持てないが、恋愛を忌避しているわけでもない42歳の菅沼。大谷朝子さんの『がらんどう』では、そんなふたりがルームシェアする距離感が心地よく、それでも「普通」の呪縛から逃れられない女性たちの姿が描かれる。平井や菅沼の心情に共感必至の一冊だ。

結婚、子ども、経済力。女性たちは答えを出せないままに、思い惑う。

Entame

「本作を書く前に婚活のつらさを書いてみようと始めた作品があったんですが、重すぎて挫折しました(笑)。もう少し別の形でそのしんどさを描けないかなと思って考えたのが、菅沼のような強いエネルギーの人物を主人公のそばに置くことでした。菅沼のように“普通”を笑い飛ばしてくれる人がいたら平井はずいぶん気持ちが楽になるだろうなと。私もああいう友達が欲しかったんですよね」

普通じゃないことを選ぶのに臆病な平井は、菅沼との同居に安寧を見いだしながらも、当たり前に結婚したり産んだりする生き方に思いを巡らせ、〈したくない。でも、できる、かもしれない〉と揺れ続ける。そんな平井に対し、普通であることを気にしない菅沼がかけた言葉は、読者にとってもお守りのようだ。〈諦めないことが正解じゃないように、たぶん諦めることも正解じゃないよ〉

「平井の〈わたしの産みたさはどこから来るのだろう〉という強迫観念は、ひとつは普通でいなければという社会的な要因ですが、もうひとつ、女性の体を抱えていることから来る要請なのかなと思うんですね。女として生まれてしまったがゆえに、頭では産まない選択もあるとわかっているけれど、本能や母性が、切り離して人生を考えさせてくれない気がします」

菅沼の副業になっている3Dプリンターで作る犬のフィギュアやお焚き上げサービス、平井が登録しているマッチングアプリやある医療サービスなど、作品を彩るモチーフがとても現代的なのも本作の美点。そのひとつひとつの空虚さが〈がらんどう〉というタイトルと呼応する。

「書くときは、個人的に引っかかって見過ごせないと思うことがヒントになることが多いですね。どちらかというと私自身は平井と似ていて、普通じゃない選択をする怖さがわかります。そういったことも含めて、『普通の人』の感覚を大事にしながら書いていきたいです」

大谷朝子『がらんどう』 語り手の平井は、ルームメイトの菅沼と同じアラフォーで、アイドルデュオ「KI Dash」という推しも同じ。ふたり暮らしは快適だったが……。集英社 1595円

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おおたに・あさこ 1990年、千葉県生まれ。2022年に「空洞を抱く」ですばる文学賞を受賞。改題した本作でデビュー。現在は、仕事をテーマにした次回作に取り組んでいる。
撮影=山口真由子

※『anan』2023年4月5日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)