夫に裏切られてシングルマザーに…どん底から這い上がった中年女性の第二の人生【映画】
『午前4時にパリの夜は明ける』
【映画、ときどき私】 vol. 570
1981年、パリ。夫から結婚生活の終わりを告げられ、突然ひとりで子どもたちを養うことになったエリザベート。これまでほとんど働いた経験のなかった彼女は、焦りを覚えつつも何とか深夜放送のラジオ番組の仕事に採用される。
そんななか、エリザベートが出会ったのはスタジオゲストとして訪ねてきた少女タルラ。彼女が家出をして外で寝泊まりしていることを知ると、自宅へと招き入れる。エリザベートは、一緒に暮らすなかで自身の境遇を悲観していたこれまでを見つめ直していくのだった…。
昨年のベルリン国際映画祭ではコンペティション部門に出品され、高い評価とともに絶賛の声が上がった本作。そこで、作品の制作過程などについてこちらの方にお話をうかがってきました。
ミカエル・アース監督
2018年の前作『アマンダと僕』でさまざまな賞に輝き、フランス映画界でも注目の存在となっているアース監督。今回は、世界の名匠たちから愛される俳優シャルロット・ゲンズブールを主演として迎えた理由や現場で感じた魅力、そして作品を通して伝えたい思いなどについて語っていただきました。
―本作は、なぜ1980年代を舞台にしようと思ったのですか?
監督 この映画を撮る一番のきっかけは、80年代を描くことでした。というのも、当時の私はまだ子どもでしたが、80年代のティーンエイジャーを体験することをずっと夢見ていたからです。人は子ども時代によって形成されるとよく言いますが、実際に私自身も80年代によって作られているように感じています。
とても抽象的に聞こえるかもしれませんが、本作ではノスタルジックな視点ではなく、自分のなかに残っている時代の雰囲気や色味、質感といったものをつかみ取りたいと思っていました。あとは、中年の世代に入った女性が夫と別れる状況になってしまう展開と今回撮影したパリ郊外の街、そして深夜ラジオといった以前から映画に取り込みたいと考えていたいくつかの要素をこの作品ではすべて加えています。
―なるほど。エリザベートの人物像を形成するうえでは、何かを参考にされたのでしょうか。
監督 自分が知っている人のなかにモデルがいたとか、そういったことは特にありませんでした。ただ、自分の周りにもエリザベートと同じくガンを経験した女性や夫と別れた女性を知っています。なので、そういったいろんな情報を混ぜ合わせてキャラクターを作り上げていきました。
あと、当時の日本がどうだったのかはわかりませんが、80年代のフランスでは離婚がひとつの社会現象となっており、パリでは約2組に1組が離婚していたと言われているほど。それが80年代の象徴的な出来事だったので、設定にも取り入れていますが、それ以外は時代を越えて通じる女性像だと思っています。
シャルロットは、崇高なプロ意識を持っている俳優
―そして、そのリアルな女性の姿をシャルロット・ゲンズブールさんが見事に演じていますが、この役を彼女にお願いしたいと思った理由を教えてください。
監督 正直に言うと、実は私はシャルロットの作品をそこまで観ていたわけではありませんし、彼女のこともよく知りませんでした。でも、あるとき彼女のインタビューを見ていて、センシティブであると同時にとても重心がしっかりとある方だなと思い、彼女が持っている二面性にインスピレーションを受けたのです。
エリザベートという女性も、ひと言では説明できないくらい複雑で、いろんな側面を持っている人物。勇気を持って行動しているかと思えば内気なところがあり、もろいようで意外と決断力があるような女性なので、シャルロットに演じてもらいたいなと。実際、初日から彼女はこの役をとても優美に演じてくれました。
―では、彼女と現場をともにしてみて、驚いたことや感銘を受けたことはありましたか?
監督 一緒に仕事をしてみて、私はますます彼女に魅了されました。現場でも、ずっと彼女に見入ってしまったほどです。彼女はシナリオを細かく分析するのではなく、自然に理解して演じるタイプなので、どちらかというとアメリカの俳優たちに近いと感じました。
彼女は知性があって寛容で、愚痴を言ったりすることもなく100%この映画に捧げてくれたので、崇高なプロ意識を持っている俳優。さらに、人工的な美しさではなく、年代に合った自然な美しさを兼ね備えている方でもあると思いました。
日本との間には、つながりを感じている
―確かに、自然体なところが魅力的ですよね。それでは、日本についてもおうかがいしたいのですが、監督はどのような印象をお持ちですか?
監督 ありきたりな言葉に聞こえるかもしれませんが、私はつねに日本には魅了されています。そして、世界中で自分の映画が公開されるなかでも、フランスの次に理解してくれていると感じるのが日本。フランスと日本では文化がまったく違うので、なぜそうなのかはうまく説明できませんが、日本との間には絆のようなつながりを感じています。私の映画にとって、日本は“第二の家”なのです。
―うれしいお言葉をありがとうございます。監督ご自身が日本の文化などで興味を持っていることはありますか?
監督 私は音楽が大好きなのですが、数年前からハマっているのは日本で発売されているレコードジャケットを集めることです。音楽に関してはイギリスやスコットランド、アイルランドから影響を受けているのですが、日本で作られているそれらのアルバムは非常に美しく、ほかの国ではなかなか出会えないようなものばかりだと思っています。
人とは対立するのではなく、共有することが大事
―今後も監督の作品を楽しみにしている映画ファンは多いと思いますが、映画作りで大切にしていることは?
監督 1つのプロジェクトに取り掛かる場合、私は初めに“小さな石ころ”しかもたらしていません。にもかかわらず、そこに多くの人が集まり、一緒に共有できるのは素晴らしいことだと考えています。そのときに私が意識しているのは、お互いに対する信頼と優しさ。誰かと対立する必要はまったくなく、他人と同じ思いを共有することが何よりも原動力になると思っています。
それから、映画を作っているときにいつも感じるのは、映画自体が私を選んでくれているということ。「この物語を書きなさい」と言われているような感覚に毎回陥るのです。これからも、私は自分の日常や人生からインスピレーションを得て映画を作っていきたいと考えています。
―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。
監督 今回の作品では、生きるうえでの難しさやいろんな悩みを抱えている人物たちの不安や心の傷を包み隠さず見せていますが、私はそれらを美しく描きたいと思って作りました。そして、そういった日常に起こり得ることについて知ることにも意味があるので、知ったうえでもっと深いところにまでいっていただけたらいいかなと。映画のなかではそれらを感覚的に表現している部分もありますが、映画を観て、みなさんに感じていただくことが重要なことだと思っています。
誰にでも壁は乗り越えられる!
多くの葛藤を抱えて生活している私たちの背中をそっと押してくれるのは、さまざまな困難に傷つきながらも自分の力でたくましく生きようとする主人公たちの姿。パリでも日本でも、「明けない夜はない」と希望を感じさせてくれるはず。
取材、文・志村昌美
心に響く予告編はこちら!
作品情報
『午前4時にパリの夜は明ける』
4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開
配給:ビターズ・エンド
https://bitters.co.jp/am4paris/
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