「I use. 」~私は使役する。~|12星座連載小説#117~山羊座 最終話~

文・脇田尚揮 — 2017.7.12
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第117話 ~山羊座-最終話~


前回までのお話はコチラ

カッカッカッ……キュッ―――

黒板を白いチョークが走る。今日も私は教師として生徒たちに英語を教えている。

普段と変わらない1日。

ただひとつのことを除いては―――

北野先生との最初のデートから3ヶ月が過ぎた。あのフードコートでの食事からもうそんなに経つんだ……。

あの時は、面白かったわ。

北野先生ったら、担々麺とコロッケとサラダを注文して、それを平らげ、

「また注文してきてもいいですか?」

だって。

こんなに食べる人だって思ってなかった。細身だから、意外でビックリしたのを覚えている。

初デートだっていうのに、気取らずにいられて一緒にいてすごく楽。

そこから私たちの関係は始まった。

「僕が山崎先生を幸せにできるかは分かりません。でも……山崎先生といると、僕が幸せなのは確かです……交際して下さい!」

北野先生の、あの時の告白には、“度肝を抜かれた”わ。バカ正直というか何というか、明け透けな性格が、逆に愛おしい!って感じられたのよね。

私も、

「交際するからには、幸せにしてもらわないと困ります。約束してくれるの?」

なんて彼を困らせてみて……、意外と意地悪な自分に気づいちゃった。

そして“指きりげんまん”してもらったの。「幸せにする」って。

交際後も、あのルールは変わらない。

学校では絶対に二人きりで会わないこと。仮に話すとしても挨拶程度。
外で会うとしても、生徒や他の先生たちがいないような場所にすること。
そして……このことは誰にも絶対に言わないこと。

今のところ、彼はきちんと守ってくれている。

最近もお台場にレインボーブリッジを見に行ったり、北区の飛鳥山公園を散歩したりと健全なお付き合いを続けている。キスは許したけど、それ以上は……まだ。きっとこれから、二人で沢山の思い出を作っていくのだろう。

お付き合いの中で、私は彼のことを深く知っていった。

岩手県出身だということ。
昔、剣道で県大会優勝したってこと。
私と同じく、大学時代は塾のバイトをしていたってこと。
そして、三人兄弟の末っ子だってこと。

私の心の傷を癒し、過去のトラウマを克服させてくれたのは、彼だった。

彼は教育者としてとても優れていると思う。……オトコとしてはまだまだ未熟だけど(笑)。
そこはこれから“お姉さん”である私が、しっかり指導していこうと思っている。

いつか“さあや”にも報告できたらいいな。彼女は今、大学の薬学部に通っている。

また時間を合わせて、新小岩あたりでお茶しよう。そして、お互いの近況を報告し合うんだ。

私が新しい彼の話をしたら、彼女は、きっと自分のことのように喜び、安心するだろう。


―――授業終わりのチャイムが鳴り響く。

今日も放課後は英語サークルだ。職員室で資料をまとめ、視聴覚室へ向かう。

途中、廊下で北野先生とすれ違った。

軽く会釈をして……その後、一瞬だけウインクをする彼。私は苦笑しながらも、ウインクを返す。

これが私たちの学校内でのコミュニケーション。

彼はこれから剣道部の指導へ向かうのだ。
北野先生の袴姿、意外とサマになっているのよね。
前に体育館での朝練を覗いたときのことを思い出す。

紺の袴と、彼の凛々しい横顔に、不覚にもキュンとしたのは内緒だ。

私と彼の関係が、学校内の誰かに知られるのも時間の問題だろう。でも、それはそれで良いと今は思っている。

いつも形から入る私だから。必要以上に怖がって身構えてしまうけど、意外と人生なんとかなるものなのよね。(そんなこと、絶対に北野先生には言わないけどねっ!)


キーンコーンカーンコーン……

終業のチャイムが夕暮れの校内に響き渡る。茜色に染まったグラウンドでは、野球部員たちが今日も練習に勤しんでいる。そんな姿を、窓から眺めるのが私は好きだ。

『私も、青春してるぞっ』

誰もいない廊下で、あたたかなオレンジ色の光に包まれながら、つい独り言を呟いてしまう。

スマホを見てみると、

「お疲れさま」

と、彼からLINEが入っていた。

私も、「ガンバってね」と送る。

変化のない日常の中で、私は何かが少しずつ変わってきたのを、ゆっくり、でも確かに感じていた。

山羊座の女の人生は、

“I use.” ~私は使役する。~

自分自身を取り巻く世界と、そして人々。
日々変化していく社会の中で、しっかりと人生の手綱を握り締めコントロールしていく。

それが私の美学であり、私の生き方。

私の愛する学校、生徒たち、そして北野俊一。
決して刺激的ではないけれど、穏やかで平和な毎日。

でも、それこそが私の求めていたものなのかもしれない。

私は今、満たされています―――。

山羊座の女の人生 ~Fin~


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【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。


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