【忌々しいセクハラ】女教師に隠されたキズ|12星座連載小説#23~山羊座2話~

文・脇田尚揮 — 2017.2.22
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第23話 ~山羊座-2~


前回までのお話はコチラ

『サウンド・オブ・ミュージック』は、私にとって特別な作品だ。

私はこの作品の主人公・マリアに憧れて、教師になった。マリアがゲオルクから解雇を言い渡されるシーンなんかは、いつ見てもグッとくるものがある。

そう、私も昔、解雇されたことがあった。

―――それも、不当に。

今日のように茜色の夕焼けが眩しい日だった。

20歳を過ぎた私には、自立心が芽生えていた。
両親の負担になりたくない。自分の好きなことをしたい。

その一心から、奨学金をもらいながら大学に通い、アルバイトを探していた。

そんな中で見つけたのが、塾講師のアルバイト。英語の勉強になる上に、お金も貰える。今の自分にピッタリだと思い、即応募したのを覚えている。

ほどなくして、比較的大手の塾に採用された私は、意気揚々としていた。

週4日ペースで大学が終わってから職場である塾へ向かう。
雨の日なんかは最悪で……、靴をベチャベチャにしながらも休まず出勤していたっけ。

でも、可愛い中学生相手に英語を教えるのは新鮮で、大変だけどやり甲斐を感じる日々だった。

初めて教壇に立った日なんかは緊張でガチガチ。
でも、授業が終わってから「先生! 先生!」と懐いてくれる子供たちの笑顔が、疲れを吹きとばしてくれるのだ。ああ、自分がしたかったことってこういう仕事なんだ!って、心から思えて嬉しかった。

そう、まるで、今観ている『サウンド・オブ・ミュージック』のマリアのような気分だったのかも知れない。

―――ただ、一つの嫌悪することを除いては。

私が塾でアルバイトを始めて2ヶ月くらい経った頃、ある休日、塾長から呼び出しを受けた。
当時、私は生徒たちからもそこそこ慕われていて、勤務態度にも問題はなかったと思う。どうして自分が呼び出されるのか分からなかった私は、何一つ疑うことなく“そいつ”と二人きりになってしまったのだ。

夕暮れどきだった。

忌々しくて、思い出したくもない“オレンジ”と“窓”。
私は“そいつ”から身体をまさぐられて、動揺と恐怖で声もあげられなかった。

10年経った今では“そいつ”の顔も、放った言葉も覚えていない。

子供たちに教える立場に人間が……、

恋人でもない男性が……、

職場のトップたる人間が……、

私の身体を奪い、心を壊したのだ。
そしてその関係は、私が大学卒業するまで続いた。

もしかしたら、すぐに誰かに相談すれば良かったのかもしれない。
携帯で証拠を撮っておくなり、録音するなりしておけば良かったのかもしれない。

でも、20歳の私にはそんな発想も勇気もなく、ただ、されるがままだった。

もし、このことが周囲に知れたら、私はどんな目でみられるのだろう……、

もし、私がこのことを言っても、誰も信じてくれないんじゃないか……、

もし、私が戦ったとしても、揉み消されてしまうんじゃないか……。

「もし、もし、もし……」そう、私は自分で自分を、身動きとれない状況に追い込んでしまったのだ。

『マリア』のような先生になりたかった私は、自分がどうしようもなく汚れてしまったように感じ、子供たちの顔すら直視することができなくなった。

……そして、男の人がイヤになった。

大好きだった国際交流サークルにも、だんだんと参加しなくなり辞めた。大学の授業も苦痛で、男性教授のゼミはイヤでイヤでたまらなかった。

自然と友達も減り、学内でも孤立していった。しかしそれとは逆に、休日は毎週必ず塾長に呼び出され、性のはけ口として貪られるのだ。

「千尋さん、誰にも言ったら駄目だよ。分かってるよね」

動物のように息を吐き、毎回“そいつ”が私に囁く言葉。それだけが耳にこびりついている。

半年が経つ頃には、まるでマインドコントロールされているかのように、私は塾長の言いなりになっていたのだ。

屈辱、恨み、怒り、そして哀しみ……

誰にも何にも言えない私は、一人暮らしの1Kの部屋で毎日泣いた。汚い私が子供に何か教えられるのか、こんな自分でもいつか結婚できるのか、絶望に怯えながら毎日を過ごしていた。

でも“あの時”、地獄は終わりを告げる。

―――そう、私の幼馴染でもあり、恩人でもある『さあや』が救ってくれてから。

オレンジ色の景色も、だんだんとアイビーのグラデーションへと移りつつある。



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【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

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