独身教師の「懐かしい青春」|12星座連載小説#22~山羊座1話~
【12星座 女たちの人生】第22話 ~山羊座-1~
前回までのお話はコチラ。
―――キチンとしなくちゃ。私は教える立場にあるんだから。
キーンコーンカーンコーン……
終業を知らせるチャイムが、夕暮れの校内に響き渡る。
茜色のグラウンドでは、野球部員たちが練習に励み汗を流している。
そんな生徒たちの姿を、こうして窓から眺めるのが私は好きだ。
『青春してるなぁ……』
つい、独り言をつぶやいてしまう。
誰もいない廊下は、どこか懐かしくまた寂しくもある。
オレンジ色の別世界に1人だけ取り残されているようだ。
今日は、私が顧問を務める英語サークルの活動日だ。
ノスタルジックな気分もそこそこに、一度職員室に戻る。
この時間まで残っている先生は多くない。
「山崎先生、お疲れ様です。」
席に着くと、斜め向かいの北野先生が声をかけてきた。
北野先生は数学を担当していて、その爽やかさから生徒たちにとても慕われている。私のほうが教師歴は少し長いけど、北野先生は指導力もあって頼れる教師だと思う。
『ああ、北野先生こそお疲れ様』
「先生、今日は英語サークルの日ですか?」
『えぇ、もうそろそろ行かなくちゃ。みんな、飲み込みが早いから楽しみです。今、英検2級を目指している子がいて、私も教材選びでウキウキしてるんです』
「それは楽しみですね。私は剣道部の子たちの試合が、来月に迫っているので、今から顔を出してこようかと。」
『あっ、そうでしたね。もうすぐ大会ですものね。頑張ってくださいね!』
部活の顧問になると、授業の準備以外にやらなくちゃいけないことが増えるから、いろいろと大変。
でも、生徒たちと密にコミュニケーションを取ることで、普段はなかなか見えない、ひとりひとりの個性が見えてくるっていうか……。今、どんなことに興味があって、どんなことに悩んでいるのかを知ることができるのは、教師としてとても嬉しい。
今日の部活で使用する教材をコピーし、北野先生に軽く会釈をして職員室を出る。
英語サークルの部員はそこまで多くなく、国際交流や国外旅行に関心がある子達が集まってゆる~くやっている。
英語を学ぶことも大切だけど、まずは興味を持つことが一番。
私も高校生の頃、好きな洋楽を聴いているうちに、英語に興味が湧いてきた。
歌詞を日本語訳する中で、だんだんと『私も英語をペラペラ喋れたらいいなぁ』と思うようになって、本格的に勉強し始めた。……まぁ、たいして上達しなかったけど、今こうして英語の先生をやらせてもらっている。
よし、到着!
視聴覚室には……まだ誰も来てないわね。10分前行動が、私の小さい頃からの癖。時間ギリギリで行動すると、ものすごくドキドキしてしまう。
もともと人見知りであがり症だから、せめて時間だけは余裕を持っていたいのかもしれない。
今日使用する『サウンド・オブ・ミュージック』のDVDを準備していると、
「先生、こんにちは!」
「今日は何を見るんですか?」
二人の生徒がやってきた。時間ピッタリね。
ポニーテールがよく似合う活発な子が飯山さん。英語が好きというよりも、皆でワイワイやるのが好きな印象。
そして、ふくよかでエクボが可愛らしいのが田中さん。普段は目立たないけど、英語サークルの中では活き活きしているのが嬉しい。
『こんにちは。今日は“サウンド・オブ・ミュージック”を観ましょう。英語の勉強にもなるし、メロディーも素敵だしね』
教材のコピーを二人に配る。
そして5分遅れで、また二人。工藤さんと加賀田さん。
工藤さんは英検2級を目指して頑張っている勉強熱心な子。加賀田さんはギャル風のたまに顔を出す部員。どうしてこの二人が仲良いのか不思議だけど、いつも一緒なのよね。
……これでメンバーは全員かな。
「センセー、これエーデルワイスのやつだよね。つまんなくない? 中学の音楽んときチラッと観たよ~」
『加賀田さん、多分それは歌のシーンよね? 今日はマリアが修道女として、トラップ邸で活躍する場面も視聴するのよ』
プリントを配りながら返答する。
加賀田さんはサークル活動に熱心とは言えないけど、せっかくだから作品の面白さを感じて欲しいな。
DVDの再生ボタンを押しながら、この作品がこの子達の今後に、何かしら良い影響を与えれば……と、願う。
教師は生徒の将来に、“可能性の種”を蒔くことが仕事だと、私は思う。
私だって彼女たちの年齢の頃は、先生が教えてくれることに対して「これが一体何の役に立つんだろう」なんて思っていた。
でも、大人になるにつれてだんだんとその意味が分かってきて、そして、教師になってからはそれを伝えたいという使命感も芽生えてきたのだ。
ただ……、こうして窓から見える夕焼け景色は、学生時代も今も変わらないのだけど。
【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。
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