「セクハラ」の恐怖に怯えていた私|12星座連載小説#70~山羊座4話~

文・脇田尚揮 — 2017.5.2
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第70話 ~山羊座-4~


前回までのお話はコチラ

今日は幼馴染のさあやと新小岩で待ち合わせ。少し早く着いてしまったので、すぐ横のフラワーショップでお花を眺める。

百合の花が綺麗……

“百合の花”を見ると、思い出すことがある。

私は大学4年生。さあやは別の大学の看護学生だった。大学進学後めっきり疎遠になっていた

塾長のセクハラのことを誰にも言えず、ずっと耐えていた頃。本当に毎日が嫌だった。とにかく人に会うのが怖くて、授業とアルバイト以外の時間は家に引きこもっていたしね。大学を辞めて、実家に帰ろうかと何度悩んだことか……。

―――ある日、さあやから連絡があったのよね。

「千尋、久しぶり。良かったら今度、会わない?」

という、シンプルな内容だった。

大学進学後疎遠になっていたんだけど、幼馴染っていうのは不思議なもので、何度かやり取りしているうちにすっかり昔の感覚を取り戻していた。

なんだか無性にさあやに会いたくなって、“お泊りしよう”ってことになったのよね。

さあやがうちに泊まりに来たときは、本当に楽しかったわ。

「千尋……あなた、モノ持たなすぎ。これだけで生きてるの?」

『まぁね』

当時、私は6畳のワンルームに冷蔵庫と電子レンジにテーブル、洗濯機、そして必要最小限のスキンケアセットと大学の教材だけで生活していた。余計なものが部屋にあるのが嫌だったのだ。

さあやは当時からキレイだった。凛としていて清潔感があって、いつも柔軟剤のイイ匂いがしていた記憶がある。

ちょっと近づきがたい雰囲気を放っていたけど……、きっと男子からも人気があったはずだ。

夜になって二人でお酒を飲み始めた。

「千尋、来年の春からどうするの?」

『私は……英文科だから、それを活かせる仕事に就けたらなって。』

素直に“学校の先生になりたい”とは言えなかった。こんな私が、子どもの教育をする立場に立てるわけないって思っていたから。

「そうなんだ。私はこのまま看護師になろうかなって思ってるよ」

さあやは、いつも具体的な目標を持っている子だった。数字や計算に強い理数系女子だった記憶がある。

アルコール度数が低めの缶チューハイをぐびりと飲んで、さあやがこちらを向く。

「ねぇ、千尋。」

『なぁに?』

「千尋は学校の先生になりたいって言ってなかったっけ?」

……覚えてたんだ。

『うん、まあね』

「教員免許は取れそうなの?」

『一応』

「そっか、良かったね」

いつもは冷たい雰囲気をまとっているさあやが、満面の笑みを浮かべた。眼鏡の奥で、切れ長の瞳が垂れ、曲線を描いていたの。

―――そんな彼女を見て、私の中の何かがプツリと音を立てて切れた。

「うわああああぁぁぁぁん」

号泣した。

マンションの薄い壁も気にせず。さあやの小さな胸に顔をうずめて、まるで子供のように。

「千尋? 千尋……どうしたの?」

さあやは私が泣き止むまで、何度も頭を撫でてくれた。

『ううっ……グスッ』

「よしよし」

『さあや……』

「どうした?」

この女の子はクールそうに見えて、なんて母性的なんだろうと思った。

「ほれ、ティシュ」

ファサと3枚くらい私に渡してくれた。

ズビビビ~~~

涙・鼻水全部を出し切った。もう、恥もなにもない。

『あのね、あのね……』

「うん」

『私、バイトしている塾で、セクハラされてるの』

「………」

サァーと音がするかのように、さあやの顔がみるみる青ざめる。冷徹な仮面のように。

「それ、いつから?」

『ヒック……1年くらい前』

「何で言ってくれなかったのよ!」

静かだけど、鋭い声。さあやの顔が真っ赤になる。

「誰から? 何されたの?」

『塾長から……呼び出されて、身体を触られる……グスッ』

さあやの眉間に三本の深いシワが寄る。

『怖くって……怖くて、言えなかったの……ふぇええん』

また、涙が出てきて止まらない。

その後、さあやは法律のことや弁護士のこと、何だか難しいことをずっと喋っていた。要するに、“訴えろ”ということだった。

でも、私は“そのこと”が明るみに出るのが怖いから、嫌だと言った。

さあやは少し難しい顔をして、

「分かった」

と、一言だけ呟いたの。

それでその日は終わり。ブレーカーが落ちたみたいに、私はグッスリ眠りについた記憶がある。

次の日の朝、彼女は私を外に連れ出してくれた。バスに乗って、連れられるがまま神奈川へ。長いような短いような時間だった。さあやは何も喋らない。

到着したのは恩賜箱根公園というところ。

多分、相当腫れぼったい目をしていたと思う。そんな目に、はっきりと山百合の“白色”が飛び込んできた。

『わぁ……』

「綺麗でしょ? 私ね、この場所とっても好きなの。小さい頃、お母さんと一緒に来てから、ずっとここが好き」

隣にいるさあやが、こちらを振り向く。

「山百合ってね、“百合の王様”って言われてるんだって。花言葉は何だと思う?」

『え、知らない』

「“威厳”よ」

――この瞬間、そして美しい女が発したこの一言を、私は一生忘れないだろうと思った。


【これまでのお話一覧はコチラ♡】

【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

(C) nd3000 / Shutterstock
(C) Beboopai / Shutterstock