志村 昌美

娼婦として潜入した小説家の実体験を映画化「固定観念を覆される驚きがあった」

2023.12.27
2019年にフランスで賛否両論を巻き起こし、世界的ベストセラーとなった衝撃の小説「La Maison」がついに映画化。その内容とは、身分を隠して娼婦になり、2年間にわたって娼館に潜入取材をした気鋭の女性作家エマ・ベッケルの自伝小説です。そこで、こちらの方々にその裏側についてお話をうかがってきました。

アニッサ・ボンヌフォン監督 & アナ・ジラルドさん

【映画、ときどき私】 vol. 627

映画『ラ・メゾン 小説家と娼婦』を手掛けたのは、原作者からの強い希望で指名を受けたボンヌフォン監督(写真・左)。ドキュメンタリー映画『ワンダーボーイ』の監督を務めたほか、俳優としても活動しており、幅広い分野で才能を発揮している注目の存在です。

また、本作で主人公のエマを演じたのは、3歳から子役としてキャリアをスタートさせ、『消えたシモン・ヴェルネール』や『おかえり、ブルゴーニュへ』などで高く評価されているアナさん(右)。小栗康平監督の『FOUJITA』にも出演するなど、日本と縁のある俳優でもあります。

今回は公開を記念して来日を果たしたおふたりに、撮影時の苦労や女性のセクシャリティについて、そして日本の女性たちに伝えたい思いなどについて語っていただきました。

“犠牲者”のようなイメージを持っていたが実際は違った

―制作過程では、監督も実際の娼館を訪れ、娼婦をしている女性たちに話を聞いたそうですが、リサーチを行うなかで原作や資料だけでは知りえなかったこともありましたか?

監督 普段、私たちはセックスワーカーの人たちに対して、仕方なくやっている“犠牲者”のようなイメージを持っていると思いますが、実際はそういう人ばかりではなく、いろんな人がいることに気付かされました。なかには高学歴の人がいたり、あえてこの職業を選んでいる若い人がいたり、すごく豊かな人生を送ってきたような人たちもいましたから。

そんなふうに、自分の固定観念を覆されるような出会いがあったので、今回は自ら娼婦になることを選んでいる女性たちに取材をしました。フランスにいる娼婦は、ブラジル系とアジア系の2つに大きく分かれるとされていますが、自らの意志でしている方にはフランス人が多かったのも驚いたことです。

―アナさんはエマを演じるために、キャバレーで2か月間のトレーニングを行ったそうですが、身体づくりではどのようなことを意識されましたか?

アナさん 自分の身体に関しては、多くの人がポジティブな視線を持って愛することは難しいと思います。私自身も、自分の身体にはかなり悪いイメージを抱きがちですから…。でも、今回は自分の身体を評価して、自信と価値を与えてあげることが必要だと考えました。

そこで、私が取り組んだのは、頭のなかで自分の身体を認めてあげることです。とはいえ、自分にかなり言い聞かせないとなかなか身につかないものだと痛感しました。ただ、幸いなことに監督がいつも愛情たっぷりの目線で私のことを見守ってくれていたので、そのおかげで安心して演じることができたのだと思います。

エマの進化に合わせて下着も変わっている

―アナさんほど完璧なスタイルをお持ちでもそのように感じているとは意外です。ちなみに、シーンごとに変わる下着も美しく、女性読者にとっては興味深いところですが、身に付けてみていかがでしたか?

アナさん 今回はフランスの下着ブランド「LIVY」と一緒に仕事をしましたが、シーンで語られている内容に合わせて下着を選んでいます。なかでも私と監督のお気に入りは、黒の上下にガーターベルトが付いている下着です。

監督 最初はお金がないのでちょっとチープな下着をつけていますが、お金が入ってくるとともに高級なランジェリーへと変わっていきます。劇中の下着に関しては、どんどん自信をつけていくエマの進化も表現しているので、そのあたりもぜひ見ていただきたいです。

―なるほど。また、本作に関しては下品にならないように努めたそうですが、監督の言葉通りの作品になっていると思いました。とはいえ、やはり性描写には難しさもあったのではないでしょうか。

監督 そうですね。特に、セックスシーンに対しては、恐怖心が最初はありました。というのも、実はそれまで私は映画のなかで裸体を撮ったことがありませんでしたから。でも、「意味のないセックスシーンはすべて排除しよう」と決めたときに、その不安は私のなかから全部消えました。

なので、物語で描かれているすべてのセックスシーンは必ず何かを象徴しているものとなっています。「これでいいんだ」と確信を持ってからは、落ち着いて撮影することができました。

セックスシーンでは、さまざまな苦労もあった

―アナさんは劇中でさまざまなセックスシーンに挑まれているので、精神的にも肉体的にもかなり大変だったと想像しています。なかでも苦労した点について教えてください。

アナさん この質問をしてくれてありがとう! というのも、私の身体的な疲労について触れてもらったのは初めてなんです。正直言って、ときにはかなり動揺するようなセックスシーンもあったので、そういうときはどうしてもストレスがかかり、息が詰まる感覚がありました。

ただ、それは私だけでなくお客さん役を務めている相手役の方々も一緒。私はパートナーとなる俳優たちにも心地よく演技をしてほしかったので、なるべく相手を包み込むような気持ちで接する努力をしました。でも、リアルな話をすると、人によっていろんなにおいを持っているので、そこは少しきつかったところかなと。自分の身体に付いた複数のにおいをそのまま家に持ち帰っているような気がするときもあったほどです。それから、相手と肌の感覚が合う合わないというのも、けっこう大きかったですね。

監督 あと、アナにとって大変だったシーンといえば、男性と娼婦2人によるセックスシーン。そのなかの1人がニキータ・ベルッチといって、ポルノ女優としても活動している方でした。アナからするとニキータはセックスシーンのエキスパートですが、ニキータからするとアナが演技のエキスパート。そんなふうに、それぞれ違う分野のエキスパート同士だったからこそ、一緒に演じることに対してどちらも不安を抱えており、かなりエネルギーを使っているように見えました。

男性を意識した女性のセクシャリティは転換すべき

―本作はどうしても大胆なセックスシーンに注目が集まってしまうとは思いますが、監督は「真のテーマは女性のセクシュアリティと欲望」とお話されています。ちなみに、ananもセックス特集を組むなど、早くから女性の性を取り上げている媒体なので、現代社会における女性のセクシュアリティと欲望についてご意見をお聞かせください。

アナさん 残念ながら、男性に比べると女性に関してはまだまだタブー視されていて、十分に語られていないと感じています。実際、原作者のエマのように自分のなかにあるセクシャリティを公表し、実行に移している女性は少数派ですからね。その大きな原因は、みんなが社会的に批判される目を気にしているからでもあるので、そういう状況を変える必要はありますが、私たち自身も変わらなければいけない部分があると考えています。

―フランスの女性たちというと非常に進んでいるイメージを持っている人が多いと思いますが、それでもまだ変化が必要だと感じているのでしょうか。

監督 確かに、フランスでは女性のセクシュアリティを主張する土壌はあると思います。とはいえ、まだまだ男性の“幻想”に女性が追随して応えようとしているところがあるのではないかなと…。そういう部分が根っこにあるので、男性を意識した女性のセクシャリティから180度転換していく必要があると感じています。

日本は世界のなかでもユニークな存在だと感じている

―そうですね。では、日本に関してもおうかがいしたいのですが、アナさんは日本映画にも出演されたことがあるので、どのような印象をお持ちかを教えていただきたいです。

アナさん 日本に対しては、本当に素晴らしいイメージしかありません。私にとって、小栗監督との仕事は忘れられない経験となっています。なかでも、ディテールにこだわった演出は日本人ならではだと思いましたし、1つの言葉にも多義性を持たせる感覚は日本の豊かな文化を象徴しているものだと感じました。

あと、日本は世界のなかでもグローバリゼーションに浸食され尽くしていないユニークな存在ですよね。ほかの国では同じような街並みになっている部分もありますが、それに比べると日本は画一化されることなく、独自のものを残している国だと思います。

自分のことを好きになって自信を持ってほしい

―ありがとうございます。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 20代には20代の悩みがあるように、30代、40代、50代になっても、人生の悩みというのはずっとつきまとうものです。だからこそ大事なのは、自分自身を見い出し、自分に自信を持つこと。そのためには、自分が心地よいと感じられる場所で、自分のしたいことをできる環境を見つけることです。

とはいえ、なかなか難しいかもしれませんが、たとえ完璧ではなくてもできるだけ自分のなかで違和感のない場所に行ってみてください。そうすると、自然と自信が出てくるものなので、みなさんもぜひ意識してもらえればと思います。

アナさん まずは、自分を好きになる努力をすることが必要だと考えています。自分の弱点ばかりにこだわって時間を費やすのではなく、自分の欠点も受け入れたうえで「これが私なんだ」と認めてもらえるといいのかなと。そうすれば、あとから後悔することもなくなってくるはずです。

それから、自分のいいところを引き出してくれる友人たちと一緒にいることも大切なこと。そういう人と時間を過ごすのは、非常に重要だと考えています。あなたの人生は、この世に1つのバージョンしかないので、大事にしてください。

インタビューを終えてみて…。

知的で美しく、芯の強さも持ち合わせているボンヌフォン監督とアナさん。才能豊かなおふたりがタッグを組んだからこそ、難しい題材でも完成度の高い作品に仕上がったのだと実感しました。全身全霊で本作に挑んだおふたりの思いも、ぜひスクリーンから感じ取ってください。

今年もっとも挑発的な1本が女性たちを解放する!

女性たちのなかに潜むセクシャリティのリアルに鋭く迫っている本作。“秘められた世界”を覗いたあとは、女性としての生き方だけでなく、自分のなかに芽生えた欲望とどう向き合っていくべきかも考えずにはいられないはずです。


写真・園山友基(アニッサ・ボンヌフォン、アナ・ジラルド) 取材、文・志村昌美

ストーリー

フランスからベルリンに移り住んだ27才の小説家エマ。創作活動に行き詰まっているなか、作家としての好奇心と野心から娼婦たちの裏側に惹かれてゆく。そして、大胆にも彼女たちの実情を理解するために、有名な高級娼館“ラ・メゾン”に娼婦として潜入することを決意する。

危険と隣り合わせの日常を送り、孤独や恋愛の尽きない悩みを抱える娼婦たち。そこでの刺激的な日々は、エマにとって新たな発見に溢れていた。2週間のつもりで始めたはずが、いつしか2年もの月日が流れてゆくことに。果たして、エマがその先に見るものとは一体何だったのか…。

胸がざわめく予告編はこちら!

作品情報

『ラ・メゾン 小説家と娼婦』
12月29日(金)より新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:シンカ
https://synca.jp/lamaison/
(C) RADAR FILMS - REZO PRODUCTIONS - UMEDIA - CARL HIRSCHMANN - STELLA MARIS PICTURES