誹謗中傷を乗り越えたナチス兵が敵国で英雄に…奇跡を起こした男の実話
主演のデヴィッド・クロスさん!
【映画、ときどき私】 vol. 332
『愛を読むひと』などで知られるドイツの実力派俳優デヴィッドさんが本作で演じたのは、実在の人物であるバート・トラウトマン。第二次世界大戦中に捕虜としてイギリスの収容所へ送り込まれたナチス兵士の青年がサッカーのゴールキーパーとして活躍し、イギリスとドイツを結ぶ平和の架け橋となる姿を描いています。今回は、演じるうえで学んだことや苦労などについて、語っていただきました。
―もともと、バート・トラウトマンについてはご存じでしたか?
デヴィッドさん 僕はサッカーファンであるにもかかわらず、彼については名前すら知りませんでした。だから、彼の信じられないような物語を監督から聞いたとき、「えっ!? それ、作り話じゃないの?」と言ってしまったくらい。本当に驚きましたが、同時に「映画にすごくぴったりな題材だなぁ」というふうにも感じたのが最初の印象です。
彼は“平和の大使”のような役割も果たしているので、映画によって当時起きたことをみんなに思い出してもらう、あるいは知ってほしいと思いました。
いかにキャラクターの真実に迫れるかが挑戦だった
―演じるなかで、トラウトマンをどのような人物像としてとらえましたか?
デヴィッドさん 彼はもともとナチス・ドイツで若い頃を過ごしたのち、ナチスの青少年組織であるヒトラーユーゲントに入り、そういったイデオロギーというものを刻み付けられて兵士になった人物。でも、自分が犯罪に加担している政権の一部なんだということに気がついて、それに向き合っていくわけですよね。戦争捕虜となった英国で新しい家と家族を見つけても、彼はずっとその罪悪感を抱えて過ごしていたんです。
最終的にそれはユダヤ人コミュニティの代表者が「一国の罪を人に背負わせてはいけない」と言うまで続いたわけですが、1956年のFAカップの決勝では首を骨折しているにもかかわらずプレイし続け、彼はサッカーのヒーローに。無意識だったとは思うけれど、2つの国をつなぐような役目を果たした人物だと思いました。
―今回の役を演じるうえで、難しかったことがあれば教えてください。
デヴィッドさん キャラクターとして、成長していくところをいかに見せるのか、というところがひとつの挑戦でした。もちろん、リアリティに寄り添ってはいきたいけれど、当然ドラマ的に作っているところもありましたから。
たとえばマーガレットのために、いきなり試合中に踊り出すところとか、あれは本当にあったわけではないですよ(笑)。そんなふうにバランスをとりながら、いかにキャラクターの真実に迫れるか、というところがひとつのチャレンジではありました。
あと、短い時間しか映し出されていませんが、しっかりと見せたいと思ったのは、ヒトラーユーゲントの一員となり、兵士に志願して戦争に赴いたときの彼の姿。その後、彼が自身の抱えるトラウマとどのように向き合ったのか。個人としても、国としても大きな罪悪感や葛藤を抱えているなかで、つねにそれが彼の脳裏にあり続けていましたから。楽しい瞬間でさえも、どこかそれが脳裏にあるということを感じさせることは苦労したところでもありました。
偏見を持たずに個人を見ることの大切さを学んだ
―そんな彼の生き方から、現代の私たちが学ぶべきところがあるとすれば、どんなことだと思いますか?
デヴィッドさん まず、「スポーツにはすごい力がある」ということ。“インテグレーション”と呼ばれるいろいろな国をひとつに融合するような力があることを学べるんじゃないかな。これは、チームのキャプテンが控え室で「ここには戦争はない」という言葉からも伝わってくると思います。
いろいろと抗議は受けたけれど、「スポーツを通してみんなひとつになるんだ」「チームスピリットが大事なんだ」という訴えが政治的な違いを乗り越え、強さに繋がっていったと感じました。スポーツにはそういう力があるということを彼から学べるのではないかなと。
―確かに、改めてスポーツの持つ力を目の当たりにしました。
デヴィッドさん あとは、人を見たときに、その人個人と向き合うことの大切さですね。お互いを分け隔てようとする人がいるかもしれないけれども、そういったものに引っ張られずに、しっかりと個人を見つめること。そして偏見を持って人を見てはいけないということも、学べるのではないかと思います。
愛を見つけていく姿は感動的だった
―いまの時代にも通じるところですね。では、想像を絶する誹謗中傷を浴びるトラウトマンを支えていたものは何だと感じましたか?
デヴィッドさん それは、妻のマーガレットの存在だと思います。彼女は彼のために立ち上がり、そして彼のために戦う女性でしたから。この映画では、そういった彼女の姿もしっかり描かれているので、ぜひ見てほしいところです。
彼女がどんなことを経験して、どんなふうにそれと向き合い、どんなふうに彼と歩んでいったのか。そもそも敵だとみなされていた人とともに生きるなかで、いろいろと葛藤があったはずですからね。そんななかでも立ち上がる姿を通して、人というものをカテゴリーとかで判断するのではなく、その人自身をしっかりと見つめていこうとする気持ちが伝わってくると思います。
―では、マーガレットの女性としての魅力をどのようなところに感じましたか?
デヴィッドさん 彼女の魅力は、強いところ。自分が信じているものからブレない女性ですよね。トラウトマンの人生において、彼女はすごく重要な一部分だったと感じました。捕虜になったあと、ドイツに戻らずにイギリスに残り続けるというのは、彼の人生においてもすごく大きな決断だったと思いますから。
彼らは戦争による違うトラウマをお互いに抱えていたので、最初は話すことも通じ合うこともなかったですが、それが少しずつオープンになっていき、2人の間に愛を見つけていく。その姿はすごく感動的でした。
デヴィッドさんにとってのヒーローとは?
―素敵な瞬間ですよね。本作ではナチス兵がイギリスの“国民的ヒーロー”となっていく様子が描かれていますが、デヴィッドさんにとってのヒーローは誰ですか?
デヴィッドさん いっぱいいるからなぁ。もう引退してしまったので今後映画に出演するかわからないけれど、役者だったらダニエル・デイ=ルイスかな。あとは、小さかったころは僕の兄がヒーローでした。つねに兄のあとを追いかけ、つねに一緒にいたいと思っていたような弟でしたから(笑)。
―それでは最後に、日本のファンに向けてメッセージをお願いします。
デヴィッドさん この作品は、サッカーのシーンがあるのでスポーツ映画としても観れますが、ユーモアがあって、ドラマチックな瞬間があって、わくわくできるプレーは、サッカーファンじゃなくてもきっと楽しんでもらえるんじゃないかなと思っています。
トラウトマンが当時のイギリスでも一番大きなチームのゴールキーパーになり、サッカーのヒーローになっていくまでの道のりを考えると、すごく大きな変遷のある物語ですよね。そのあたりも映画的にとても面白いところですし、あとは何と言ってもラブストーリーの部分にも共感してもらえるのではないかなと期待しています。
憎しみも愛に変えることができる!
どんな逆境のなかでも、信念を貫き続けることの大切さを教えてくれる本作。環境や社会的状況など、自分ではどうにもならないことに対する悩みを抱えることもあるけれど、後ろ向きになりそうなときこそ、トラウトマンの生き方と愛の持つが強さが私たちの背中を押してくれるはずです。
ストーリー
第二次世界大戦中、ナチスの兵士として戦っていたバート・トラウトマンは、連合国軍の捕虜となり、イギリスのランカシャー収容所に送り込まれていた。終戦を迎えてもすぐには帰国できず、過酷な労働に従事していたドイツの兵士たち。
そんななか、地元のサッカーチームの監督であるジャックにゴールキーパーとしての才能を見出されたトラウトマンは、無理やり試合に出場されられることとなる。ところが、ジャックの娘であるマーガレットは大反対し、トラウトマンに敵意をぶつけるのだった……。
気持ちが高ぶる予告編はこちら!
作品情報
『キーパー ある兵士の奇跡』
10月23日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
配給:松竹
Photo by Jeanne Degraa
©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann
https://movies.shochiku.co.jp/keeper/