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【兄は障害者】家族らしい思い出は一瞬。優しかった兄が変わり始めた #1

文・心音(ここね) — 2017.5.24
“私の兄は、障害者”。見て見ぬ振りして、直視できない現実を避けるように生きてきた、妹目線の連載です。 まずは、もともと健常者であった兄が、どのように変わっていったのかをお伝えしたいと思います。

一瞬だった “家族っぽい” 楽しさ

マイノリティーではありますが、世の中には何らかの障害を抱えながら生きている人々がいます。家族や身内など、近い人間関係ではない限り、あまり自分ごととして考える機会は少ないかもしれません。「生まれ持ったものだから、しょうがないよね」「自分がなりたくて、そうなっているわけじゃないし」など、何となく生まれた時から身体に不自由がある。そんなイメージもあるのではないでしょうか?

私には、6つ年上の兄がいます。今、思い返すと、私が幼稚園だったころは、優しい兄でした。スポーツマンだった兄とランニング! と題して、私は自転車をこぎ、兄は私を追いかけるように走る体力づくりをしたり、家の中でオセロやテレビゲームを一緒にしたり。お風呂上がりに、おんぶしてもらいながらピョンピョンとうさぎの真似っことかしたっけ。家族仲も良好で、夏祭りに行ったり、ショッピングセンターでのお買い物も当時はごく当たり前の日常で、“家族らしい” という言葉がぴったり。それが徐々になくなっていったのは、私が小学生高学年のころからでしょうか……。

何となく聞いてはいけない、大人の話

高校へ入学した兄にだんだんと変化がみられるようになりました。友達がいわゆる “ヤンキー系” に変わり、反抗期と重なった兄の言動は悪化。学級委員などのまとめ役をするタイプだった私は、自宅に遊びにくる金髪の派手な友人たちに、どう接して良いかわからない。そんな毎日でした。そして、高校が禁止しているバイクに乗るようになり、丸刈りだった髪の毛も伸ばすように。「あの頃の、優しいお兄ちゃん」の面影がないような鋭い目つきで、両親に何か注意されても「うるせえ」と言い放つことが増えたのです。

最終的にタバコを吸っているのが見つかり、そのことが度重なってあげくのはてに高校から「謹慎」を言い渡されました。担任の先生が自宅に来て、両親と正座をして難しい話をしている姿は、当時の私には「何となく、立ち入ってはいけない」。その気持ちだけが心にありました。「お母さんたち、ちょっと先生とお話するから、自分の部屋にいてね」って。そんな言葉をよく言われていたことを覚えています。幼いながらに感じ取っていたのは、聞いてはいけないことがあるということです。聞こえているけど、聞いていない。そんな振りができるようになったのも、このころからでした。

広まる、兄の噂

地元の高校に通っていた兄は、目立っていたタイプなので、自宅謹慎中は、突然学校に来なくなった兄の噂が立つようになりました。ある日、「ねえ、○○君の妹だよね?」と呼び止められた私は、小さく頷くけれど、何も話せない。話したくない。兄のことを知っている人たちに、だんだんと壁を作るようになっていったのです。人の不幸は蜜の味。そんな言葉が頭によぎりますが、今まで話したこともない年上の人たちに声をかけられたり、「あの子、○○君の妹だよ」とヒソヒソ話が耳に入る毎日は私にとってストレス以外の何ものでもなかったように感じます。私は何もしていないのに、なぜ? と、くやしさと反発したい気持ちばかりが溢れていました。

本当の戦いは、ここから

何度か謹慎を繰り返していた兄は、ついに高校を退学させられるという結末を迎えることになります。「全力を尽くしましたが、お役に立てずにすみません」と深々と頭を下げる担任の先生。敗北感に襲われた私たち家族からは笑顔が消えました。ーそして、これからもっと大変な事態になることを、当時の私は想像すらできませんでした。

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