イタリア人彼氏の「知られざる姿」|12星座連載小説#137~射手座 11話~
【12星座 女たちの人生】第137話 ~射手座-11話~

前回までのお話はコチラ。
手持ちとカードの支払限度額を合わせても支払える金額じゃない……。
料金が払いきれない場合は、“売り掛け”をすることになるんだけど……。
それをやっちゃうと、またこのお店に返済のために来る羽目になる。そうなると、店側の思うツボ。きっとまた飲むことになるわ。もう、こんなお店、懲り懲りよ。
何とか、今日払って帰りたい―――
クリスはAmexのプラチナカードを持っているから、それで支払いを立て替えてもらうしかない。
『ちょっと待ってて……今、迎えが来るから』
「……承知しました」

情けないな……私……。
クリスが来るまで、あと5分。祈るような気持ちで待つ。
ああ、クリス……。お願い、早く来て。
スマホの着信音が鳴る―――
クリスからだ!
トイレに向かい、急いで電話に出る。
『もしもし、クリス!?』
「お待たせ、今店の前に着いたヨ」
『クリス、ありがとう……あの、よく聞いて欲しいの』
「どうしたの?」
『あのね……私、今日すごく飲んじゃって、料金が払えないの……』
「フゥ……」
電話の向こうで、彼の溜め息が聞こえる。当然よね……。
『それで……ゴメンなさい。クリス、立て替えて欲しいの……』
「Jun、キミはいつもそう。ボクの気持ちを考えてくれたことなんてあるのかい?」
『こんなお願いをするなんて、本当に悪いと思ってるわ……』
「そうじゃない。……ボクはJunにとって何なんだい? 帰国してから、クラブに行ったりホストの店で飲んだり……ボクと一緒にいてくれた時間はほとんどないじゃないか?」
『…………』
返す言葉もない。クリスはいつだって私のことを考えてくれていたわ。
空港に迎えに来てくれたり。酔っ払った私を介抱してくれたり。そして、愛してくれた。
でも、私はそこにあぐらをかいて、彼のことをないがしろにしていた。
いつでも、クリスは私だけの味方だと思っていたから―――
『私……クリスを大切にできていなかったわ……』
「Jun、約束して欲しい……せめて日本にいる時は、ボクとの時間を大事にして欲しいんだ」
『……うん』
「別にキミを束縛することはしないヨ。フットワークの軽さは、Junの“持ち味”だからね」
寛容さは、あなたの“持ち味”よ……クリス……。
「じゃあ、今からお店に行くから、待ってて……」
『あ、あの! クリス!』
「ん?」
『ありがとう……』
「No worries!(気にしないで)」
電話はそこで切れ、数分後クリスが店にやってきた。
『クリス!』
「待たせたね……支払いは?」
『こっちよ……』
入口近くのテーブルに、ガングロ男が足を組んで座っている。
「お支払いですね……ありがとうございます」
クリスがプラチナカードを差し出す。ガングロ男が二度見する。

おそらく大柄な外国人に驚いたのだろう。
突然、クリスが大声でガングロ男をまくし立てる。
イタリア語な上にスラングも混じっていて、私も驚いてしまう。独特の巻き舌が、まるでケンカ腰のようにドスを効かせている。
簡単に言うと
「お前たち、あまりにもやり方が汚いぞ! こんなビジネスがいつまでも成り立つと思うなよ……!」
という趣旨のようだ。それ以降は聞き取れなかったが、彼の口調からしてかなりハードなことを言っているに違いない。
最後に、ガングロ男の胸を人差し指でトンと押した。店は騒然となり、男はクリスに圧倒されたのか、ポカーンとしている。
「OK! 出ようかJun!」
私の手を取って、クリスが出口へと引っ張ってくれる。ホスト達の見送りも無い。
何だろう……。まるで“シチリア・マフィア”のような凄み。
日本のチンピラホストなんて目じゃないわ……。
「Hahaha! 見たかい、Jun。奴らビビって声を上げることも出来なかったネ!」
嬉々としてクリスが話す。クリスの顔を見上げると、いつものようにブラウンの瞳が輝き、たくわえたヒゲの奥に白い歯が見えている。
『驚いたわ……』
「僕のgrandfatherは、旧マンガーノのファミリーだったのさ」
旧マンガーノ……今で言うガンビーノ一家……五大ファミリーのひとつじゃない!
『えええっ!』
「いや、それはお爺ちゃんの代の話で、ボクは無関係サ。……まぁ、お爺ちゃんが残した財産や芸術品を管理してはいるけどネ……。お爺ちゃんには、とても良く可愛がってもらったよ。いつもウチに来る人達を、さっきみたいに叱っていたけどね……」
全然知らなかった。
絵を描いたり、古物商のようなことをしたりしているとは知っていたけど、クリスにそんな背景があったなんて……!
「Jun、人は見かけによらないものサ。表面的なものに捉われていたら、本当に大切なことを見失ってしまうヨ」
ああ……このイタリア人は……なんてセクシーなんだろう!
改めて、私はクリスに惚れ直した。
『クリス!』
―――ひと目もはばからず、私は歌舞伎町のど真ん中でクリスとディープなキスをした
「Jun、キスがブランデー風味だヨ……何年ものなんだい?」
そして、もう一度、今度はクリスが熱い口づけを私にくれる。
私の身体は、濡れに濡れ、心臓はバクバクと大きな鼓動を刻んでいる。ああ……クリスに抱かれたい……!
『ね……クリス、帰ったら私を抱いて……』
「Of course!(もちろんさ)」
クリスの愛車・ターコイズブルーのプジョーに乗り込み、光と影の境界へと消えていった―――
【今回の主役】
戸部淳子 射手座28歳 ジュエリー卸業
ヨーロッパ圏でのホームステイなど、学生の頃から海外経験が豊富で、英語がそこそこ堪能。国外から宝石を買い付けて、ブティックやウェデイング業界に卸している。若さの割に目利きであると評されるところも。イタリア人の彼氏・クリスがいるが、性に奔放で何かとトラブルが起こりやすい。
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