「再婚」を決意した夜|12星座連載小説#55~蟹座4話~

文・脇田尚揮 — 2017.4.11
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第55話 ~蟹座-4~


前回までのお話はコチラ

バスに揺られながら、母にメールする。

「お母さん、今日も由愛のこと預かってくれて有難うね^^ あと10分くらいで帰宅するよ」

ブライダルプランナーという仕事はどうしても夜遅くなってしまうことが多く、小さい子供をもつ女性が家庭と両立させるのは難しい。

今、こうして私が仕事に集中できるのは、母のお陰ね……。

自宅近くの停留所でバスから降りて、和菓子屋に寄る。母の好物の芋ようかんを買って帰ろう。由愛には……そうね、どら焼きかな。

私が母にしてあげられることは、こんなちょっとした親孝行だけ。いつもお世話になりっぱなしで、少し心苦しいけど、甘えてしまっている。

……今度、温泉旅行にでも連れて行ってあげなくちゃね。

自宅マンションのオートロックを解除し、エレベーターで4階へ。

安全面重視で、セキュリティが充実した物件を選んで、本当に良かったわ。周辺にスーパーマーケットや病院もあって、便利だし。

……これも、元夫からの慰謝料と養育費のお陰なんだけど。

彼の浮気による慰謝料は800万円だった。そして、今も毎月10万円の養育費が振り込まれている。

医者というだけあって、額はそれなりに出してくれている。でも、シングルマザーとして由愛を育てるのはやっぱり心細い。

『離婚、しない方が良かったのかな……』

そんな言葉が漏れた。

自宅に到着。鍵を取り出す。由愛がくれたお菓子のおまけのストラップ付きだ。

『ただいまぁ』

「お帰り。今日は少し遅かったねぇ」

リビングで母が迎えてくれた。昔からだが、この人はとっても心配性。特に帰宅時間にはうるさい。

『ああ、ゴメンゴメン。お母さんと由愛にお土産買って帰ろうと思って』

「あんた……、気を遣わんで良いのに」

それを聞きつけた娘が走ってくる。

「ママ、お帰り! 由愛にお土産あるの?」

ちゃっかりしている。由愛は年齢の割にマセていて、しっかりしている。

お菓子は必ず“1個”と決めているし、“お手伝い”のお小遣いは使わずに貯めている。そんなに厳しく躾けたつもりはないんだけど……勉強もできるし、言うこともキチンと聞いてくれる“お利口さん”だ。

『由愛、ただいま! 由愛にはどら焼き、お母さんには、ほら、好物の芋ようかんね』

「わぁ~い!!」

どら焼きを嬉しそうに手に取り、冷蔵庫に入れる。何でもすぐには食べず、しばらく取っておくのが由愛流。

母と一緒に暮らしてるからか、すっかり“お婆ちゃん子”。

「亜矢、タコとキュウリの酢の物と、煮物を作っておいたよ」

『ああ、お母さん、有難うね……今日は、由愛はどうだった?』

母の料理は美味しいし、栄養バランスもバッチリだから助かる。由愛も「おいしい!」って言ってるしね。

「うん、それがねぇ、由愛なんだけど、学校でちょっと何かあったみたいだよ」

『えっ?』

「図工で家族の似顔絵を描いたらしくてね、他の子達はお父さんとお母さんを描いていたけど、あの子はあんたと私を描いたみたいなんだよ」

―――一瞬、凍りついた。

「それでね、クラスの子達から、いろいろ言われたみたい」

『……何て?』

「何でお前の絵は“女が二人”なんだって。お前のパパは女なのかって言われたらしいよ」

『………』

何も言えなかった。離婚してあの子を育てる上で、何不自由ないようにと頑張ってきたけど……、私のせいで不憫な想いをさせてしまったことが悔しかった。

「あんた、もうそろそろ良いんじゃないか?」

『良いって、何がよ?』

少し、返事が強くなってしまった……。

「そりゃ、再婚のことだよ」

母が、娘のことや私の将来のことを考えてくれているのはよく分かる。でも、いちいち口出しされるのは癇にさわる。

『私だって一生懸命やってるし、再婚のことだって考えてるわ!』

ここ最近の仕事のストレスを母にぶつけてしまった。

そのまま由愛の部屋に……。

『由愛ぁ……』

涙声になる。

「どうしたの、ママ?」

純真な目で見つめられる。

『由愛、ごめんね……』

娘を抱きしめる。

私も母の離婚で辛い思いをしてきた。父親がいないことは、こんなにも心細いものかと、当時学生だった私は感じていた。

そんな想いを、この子にはさせたくなかったのに……。

私、母親失格だなぁ……。

「ママ、大丈夫? 何で泣いてるの? イジメられたの?」

『ううん……ママは大丈夫。由愛は学校でいじめられなかった?』

「……う~ん、学校でね、パパがお家にいないのがおかしいって、男の子から言われたよ」

――心が痛い。

『ごめんね、ママのせいなの……。ごめんね、由愛……』

「ママは悪くないって、ばあちゃんが言ってたよ。由愛もママのせいじゃないと思ってる」

……なんて、なんてこの子はいじらしいのだろう。

手が擦り切れるくらい、頭を撫でた。

……母は何も言わず、そっと見守ってくれていた。

涙を拭い、お風呂に入る。そして、お風呂場でまた泣く。

私は母親なんだから、これ以上泣き姿を見せられない。

――再婚を決意した夜だった。



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【今回の主役】
瀬名亜矢 蟹座29歳 ウェディングプランナー
バツ1子供あり(瀬名由愛・7歳)。仕事で、華やかな結婚式場のプランニングを企画しながらも、どこか冷めている自分に気づきつつある。婚活や合コンには頻繁に参加しているが、どこか満たされない”出会いイベントジプシー”な一面も。カップルの幸せを見送る立場でありながら、医者である元夫(二階堂恭二)との離婚を経験した自分に矛盾を感じている。

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