志村 昌美

同性愛で逮捕された芸術家の真実…イタリアの名優が訴える「疑問を抱くきっかけになってほしい」

2023.11.8
「この国に同性愛者は存在しない。ゆえにそれを裁く法も必要ない」と考えていた“イタリアの独裁者”ムッソリーニの影響を受けた時代に起きたブライバンティ事件。まもなく公開を迎える映画『蟻の王』では、恋に落ちた2人の男性が受けていた不当な扱いと彼らの真実に迫っています。そこで、本作で主演を務めたこちらの方にお話をうかがってきました。

ルイジ・ロ・カーショさん

【映画、ときどき私】 vol. 613

イタリア映画界において欠かせない俳優の1人とされ、『輝ける青春』や『いつだってやめられる』など日本でも数多くの出演作が公開されているルイジさん。本作では、同性愛を理由に「一個人をそそのかし完全に従属させた」教唆罪で逮捕された実在の芸術家アルド・ブライバンティを演じています。今回は、出演の裏側にあった思いや作品を通して伝えたいこと、そして日本で叶えたい夢などについて語っていただきました。

―この作品には、どのような経緯で出演することが決まったのかをお聞かせください。

ルイジさん 本作を手掛けたジャンニ・アメリオ監督のことは素晴らしい映画監督だと思っていましたし、何年も前から面識があって「機会があったら一緒に映画を作りたいね」という話は以前からしていました。そしたらある日、彼から電話が来て「話したいことがある」と。実際会いに行ったところ、オファーをいただきました。

出演するうえで、クリアしなければいけないこともあった

―そこですぐに引き受けようと決意されたのですか?

ルイジさん アメリオ監督は事前にカメラテストをせず、相手と話をしていくなかで「この人と一緒に映画のための“旅”ができるかどうか」を直感で決めるタイプ。なので、今回もいろいろと話をしたあとに脚本をもらいました。

比喩的に言うと、映画監督というのは洋服を作るお針子さんで、俳優は生地。監督が僕たちの色や形を好きなように変えて映画を作り上げていくものだと考えています。今回、僕のことは“素材”としていいと思って選んでくれたようですが、「この役を演じるにあたって俳優としていくつかクリアしなければいけないことがある」と言われました。

―それは具体的にどんなことだったのでしょうか。

ルイジさん 課題は2つありましたが、1つ目は実在した主人公が北部の人だったので言葉の問題がありました。なぜなら、僕は南イタリアにあるシチリア島の出身なので、これまでは南部の人の役ばかりを求められることが多かったからです。もちろん、標準のイタリア語は話せますが、映画で描かれている60年代当時は、北部の方言が非常に強かったようなので、そこがうまく表現できるかというのがありました。

もう1つは、アルド・ブライバンティが必ずしも好感のある人物ではないということ。ときには観客の共感を得られないような感じの悪いところもあるのでそれを受け入れられるかどうか、そしてそういう描き方をすることにも同意してもらえるかというのを監督からは確認されました。

権力によって排除された事実を伝えたかった

―監督はこの作品について、「暴力と偏見の鈍感さについての映画でもある」とも話されていますが、残念ながらここで描かれているような偏見はいまでも存在しています。ご自身は今回の役を通して、どのようなことを考えられましたか?

ルイジさん この話は非常に個人的な愛の物語から始まっているにもかかわらず、それが正義に反するような裁きを受けてしまいますが、教唆罪で罰せられたのは、アルドの前にも後にも彼一人だけ。そういったこともあって、この映画で重要だったのは「こういう事件がありました」とただ語るのではなく、「危険だ」とレッテルを貼られたものが権力によって排除されたという事実を伝えることでした。しかも、それが法の力によって行われていたので、そこを明らかにすることにも意味があったのです。

―そのあたりは現代にも通じるものがあると感じました。

ルイジさん そうですね。だからこそ、イタリアから遠く離れた日本のみなさんがこの映画を観て何を学び、どう思うのかということに興味を持っています。ただ、僕たち表現者は、観客の方々に何かを教えようとしているわけではありません。僕たちが届けたいのは、あくまでもエモーション。とはいえ、人が感動を覚えるときというのは、自分と何かしらの関わりを感じたときであって、自分とまったく関係のないものにはなかなか感動することができないものなんですよ。

何について感動したかを考える必要がある

―確かにそうかもしれませんね。

ルイジさん でも、もしこの作品を観て感動したのであれば、「何に感動したのか?」については考えてみる必要があると思っています。そうすれば、「自分もこんなふうに他人から扱われたことがある」とか「自分に偏見はないと思っていたけど実はそうではなかった」といったことに気が付くのではないでしょうか。

たとえば、「同性愛に偏見はない」という方でも「もし自分の息子が同性愛だったらちょっと残念に思うかな」と言うのを聞いたことがあります。では、その残念という気持ちは一体どこから来ているのか。そういうことに対して、疑問を抱くきっかけになってほしいです。

―人によって受け取り方に違いはあると思いますが、改めて自分自身に問いかけていただきたいですね。話は変わりますが、日本に対しての印象などについて、教えていただけますか?

ルイジさん 前回日本に来たのは17年前ですが、そのときのことは強く印象に残っています。僕はあまり記憶力がいいほうではないんですけど、初めて日本に来たときのことは本当によく覚えているんですよ。特に感銘を受けたのは、歌舞伎や能。もともと自分は演劇の人間なので、そういう意味でも非常に興味深かったです。あと、相撲の稽古も見に行きましたが、それもすごく面白かったですね。

自分の俳優人生は、本当にラッキーだと感じている

―ルイジさんは演劇からキャリアをスタートさせたあと、2000年の『ペッピーノの百歩』で映画初出演にして初主演。33歳での映画デビューはどちらかというと遅いほうだと思いますが、そのあとは数多くの話題作に出演してきました。20年を超える映画人生を振り返ってみて、いかがですか?

ルイジさん 自分は、本当にラッキーだったなと感じています。実は、過去に出演していた舞台の演出家から「お前の芝居はまったくダメだから出ていけ!」と言われたこともありましたが、なんとその日の夕方に『ペッピーノの百歩』の出演が決まったんです。しかもその作品をきっかけに知られるようになると、それまでは僕が芝居を書いても誰も演じてくれなかったのに、急にいろんなところで上演してもらえるようにもなりました。

ただ、自分の周りを見るとそういう人ばかりではないので、本当に恵まれていたんだなと。僕は時間の感覚が少しおかしいところがあり、映画に初出演したときのことはコロナ禍よりもあとに感じるのですが、それくらい自分の記憶のなかではインパクトの強い出来事でした。でも、最近になってキャリアや功績に関する賞のお話をいただいたりすると、「自分も年を取ったんだな」と思います(笑)。

いまの夢は、いつか日本で朗読会をすること

―日本のイタリア映画ファンにとってはこれからのご活躍も期待しているところですが、今後挑戦したいことなどがあれば教えてください。

ルイジさん 実は、最近カニとサソリを主人公にした本をイタリアで出したのですが、その本が日本語訳で出版され、日本でも朗読会ができたらいいなと思っています。というのも、今回日本に来る飛行機のなかで、カニとサルが出てくる日本の本を読み、「もしかしたら日本の読者のほうが僕の物語を受け入れてくれるのではないだろうか?」と感じたからです。しかも、日本には僕を応援してくださるファンも多いと聞いているので、そういう夢をいつか実現したいと考えています。

インタビューを終えてみて…。

物腰が柔らかく、紳士的なルイジさん。日本に対してシンパシーを感じてくださっているようでしたが、俳優としてだけでなく、作家としても素晴らしい作品を日本に届けてくださるのを楽しみにしたいと思います。まずは、本作で見せる魂のこもった演技をぜひご覧ください。

多様性が叫ばれている時代だからこそ観るべき!

いまだになくなることのない差別と偏見のなかで生きる私たちにとって、「人間の尊厳とは何か」を考え直すきっかけを与えてくれる本作。過酷な時代に社会の不寛容さと立ち向かい、愛のために戦い続けた人たちの姿にも心を揺さぶられる1本です。


写真・安田光優(ルイジ・ロ・カーショ) 取材、文・志村昌美

ストーリー

1959年春、詩人で劇作家で蟻の生態研究者でもあるアルド・ブライバンティは、イタリア・エミリア州ピアチェンツァで芸術サークルを主催していた。そこには多くの若者が集っていたが、ある日エットレという医学を学ぶ若者も兄に連れられてやってくる。

芸術や哲学など、あらゆる話題を語り合っているうちに、2人は互いに魅了され仲を深めていく。5年の月日が流れ、ローマで充実した生活を送っていたアルドとエットレだったが、ある朝、エットレの母親と兄が2人の部屋に突然押しかけ、エットレを連れ去ってしまう。エットレは同性愛の“治療”のために矯正施設に入れられ、アルドは教唆罪に問われて逮捕されることに…。

胸に迫る予告編はこちら!

作品情報

『蟻の王』
11月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/arinoo/
(C)Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/ (2022)