志村 昌美

宝くじの高額当選からホームレスに…どん底のシングルマザーが見せた奇跡の再起【映画】

2023.6.21
アメリカ国内では単館での公開から始まったにもかかわらず、アカデミー賞を騒がすほど大きな反響を呼んだ話題作がいよいよ日本にも上陸。今回オススメするのは、実話を基にどん底のシングルマザーの姿をリアルにとらえた感動作です。

『To Leslie トゥ・レスリー』

【映画、ときどき私】 vol. 586

テキサス州西部で、息子とともに暮らしていたシングルマザーのレスリー。宝くじに高額当選するものの、数年でアルコールにすべてのお金を使い果たしてしまい、失意の日々を送っていた。それから6年が経ち、行き場を失ったレスリーは、息子やかつての友人たちのもとへ向かうが、やはり酒に溺れて見放されてしまう。

そんななか、知り合ったのはスウィーニーという孤独なモーテル従業員。その出会いをきっかけに、レスリーは後悔だらけの過去を見つめ直そうとする。そして、母親に失望した息子のためにも、人生を立て直すセカンドチャンスに手を伸ばし始めることに…。

圧巻の演技を見せたのは、主人公のレスリーを演じたアンドレア・ライズボロー。本作は、アカデミー賞の主演女優賞に奇跡のノミネートを果たしたことでも注目を集めています。そこで、その裏側についてこちらの方にお話をうかがってきました。

マイケル・モリス監督

「13の理由」や「ハウス・オブ・カード 野望の階段」といった重厚なドラマシリーズで、いくつものエピソードを手掛けてきたイギリス出身のモリス監督。長編映画デビューとなった本作について、現場の様子や描くうえでのこだわり、そして日本にまつわる自身の夢などについて語っていただきました。

―今回は、現場で監督が細かく演出されたのか、それともアンドレアさんに任せた部分が多かったのか、どのように撮影を進めていったのでしょうか。

監督 どこまで細かく演出するかについては、シーンによっても差がありました。というのも、今回はとにかく時間がなくて、撮影も19日間という限られた期間しかありませんでしたから。多いときには、1日で10シーンほど撮ることもあったほどです。

こういう状況下では、監督と俳優の間に強固な信頼関係がないとうまくいかないものですが、僕とアンドレアの間には実際そういう関係性があったので、「ちょっと違うからやり直そう」みたいなことは一度たりともありませんでした。それくらい彼女は信頼のおける俳優なので、非常にいいコラボレーションができたと思っています。僕たちのことをたとえるなら、ブレーンストーミングによってどんどん可能性を広げていく指揮者とコンサートマスターのような関係だったと言えるかもしれませんね。

アンドレアの素晴らしいところは、挙げたらきりがない

―そんなアンドレアさんの演技について、ケイト・ウィンスレットさんやケイト・ブランシェットさんなどハリウッドを代表するトップの俳優たちがみな絶賛しています。自身の出演作でもない作品にここまで熱狂するというのはあまりないことだと思いますが、監督がアンドレアさんのすごさを実感した瞬間はありましたか?

監督 アンドレアの素晴らしいところを挙げたらきりがないくらいですが、今回の映画ではそんな彼女の素晴らしさを余すところなくすべてとらえられたと自負しています。1つエピソードをお話すると、編集担当と作業をしていたときのこと。今回はデジタルではなくフィルムで撮影していることもあり、カメラを無駄に回しっぱなしにするようなことがなかったので、撮った映像にはそれぞれのシーンしか映っていませんでした。

そういったこともあり、編集担当にとってアンドレアは“いつもよっぱらっているテキサスの女性”にしか見えていなかったのです。ところが、あるシーンだけ「カット!」といったあとも少しカメラが回っていて、素のアンドレアが映っていました。すると、彼女は「紅茶をもらってもいいかしら?」と出身地であるイギリス北部のアクセントで話していたので、その映像を見た編集担当が「この人、誰?」と僕に聞いてきたんです(笑)。それくらい彼女が信憑性のあるお芝居を見せていたということだと思います。

―確かに、それはすごいギャップですね。

監督 そして、何よりも彼女が素晴らしいのは、とにかく全力投球でベストを尽くすところ。そういう姿を見ると、周りのみんなも襟を正さなきゃと思いますし、自分も集中して同じようにベストを尽くそうとなりますから。自然と現場全体の士気も上がっていったので、そういうところにも助けられました。

キャラクターの感情的な真実を描きたかった

―本作は脚本のライアン・ビナコさんの実話がベースということですが、どのくらい忠実に描いているのでしょうか。

監督 物語はライアンと母親の関係をベースにしているので、彼が13歳のときに母親が宝くじを当てたこと。それがきっかけでアルコール中毒になり、真夜中に息子を置き去りにしていなくなってしまったこと。そして、町の人たちが彼を育てたことも、数年後に再会したときに母親がホームレスになっていたこともすべて彼が経験したことです。作品がリアルに感じられるのも、それらが実際の話だからこそだと思います。

そのほかに僕が意識したのは、キャラクターたちの感情的な部分において真実を描きたいということでした。そういった部分も、本物の人物に忠実にありたいと考えたところです。

―ちなみに、ご本人にも会われましたか?

監督 撮影が始まる頃には、あまり体調がよくなかったので、ライアンのお母さんに会うことはできませんでした。ただ、その代わりにライアンがすごく詳細に教えてくれたので、そのあたりは作品に反映しています。

具体的に彼女が実際にしていたことで映画に取り入れたのは、口紅の使い方。劇中のアンドレアは基本的にノーメイクで演じていますが、外出するときだけは真っ赤な口紅をつけています。それはまさに彼の母親がしていたことだったようなので、そういうところも同じようにしました。

計算しすぎず、自分自身に正直に生きてほしい

―話は変わりますが、まもなく公開を迎える日本についての印象や興味のあることなどはありますか?

監督 実は、残念なことにまだ日本には行ったことがなく、いつか訪れてみたいとずっと考えています。ただ、影響は受けていることは多くて、なかでも黒澤明監督の『生きる』は何回も観てるほど。自分で言うのはおこがましいですが、大きな社会システムのなかで周りに支えられていない人に焦点を当てて内面を描くという意味では、この作品にも共通する部分があると感じています。

それから、2本立てで観たらおもしろいかなと考えているのは、『ドライブ・マイ・カー』。物語の展開にひっぱられることなく、その状況に観客を連れていくような感覚がどちらにもあると思っています。あとは、まったく別のことですが、日本に関しては個人的な夢もあるんですよ。

―もしよければどういったことか、教えていただけますか?

監督 実は、ある日本の作家が書いている小説を脚色したいと考えています。その方とは、東野圭吾さんです。僕はガリレオシリーズのファンであり、彼の文体が非常に好きなので、いつかできたらいいですね。

―楽しみにしています。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 僕はみなさんに何かアドバイスをできるような立場ではないのですが、娘が3人いて、そのうち1人が18歳なので、最近は20代や30代の年代の女性についてよく考えるようになりました。そのうえで言えることがあるとすれば、まずは「自分自身に正直に生きましょう」ということです。

いろんなことがうまくいかなかったり、さまざまなハンデがあったり、人によって状況は違うかもしれませんが、あまり先のことを計算しすぎずに自分に対して正直になってほしいです。そうすれば、起こるべきことは起こるものなので、それを信じてほしいなと思います。

ラストの瞬間まで、目が離せない!

たとえすべてを失ったとしても、何度でも立ち上がる力だけは誰にも奪えないのだと感じさせてくれる本作。自由奔放で痛々しくもあるレスリーの生き方は、決して褒められるものではないかもしれないけれど、それ以上に観る者の心に大きな贈り物をくれるはずです。


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『To Leslie トゥ・レスリー』
6月23日(金) 全国ロードショー
配給:KADOKAWA
https://movies.kadokawa.co.jp/to-leslie/
️(C)2022 To Leslie Productions, Inc. All rights reserved