志村 昌美

地味な女子大生が突然アダルトグッズショップに勤務…実力派監督が語るモンゴルの性事情

2023.4.27
モンゴルを舞台にした映画といえば、自然豊かな大草原のなかで動物たちと暮らす遊牧民をイメージする人が多いと思いますが、最新作で舞台になるのはなんとアダルトグッズショップ 。今回オススメする1本は、モンゴルのリアルな最新事情も垣間見える話題作です。

『セールス・ガールの考現学』

【映画、ときどき私】 vol. 574

原子力工学を学んでいる大学生のサロール。ある日、怪我をしたクラスメイトから、自分の代理としてアダルトグッズショップ でアルバイトをしてほしいという話を持ち掛けられる。特に仲の良い友だちだったわけではないが、高給なうえに簡単な仕事だと説得され、一か月だけ働くことに。

大人のオモチャがズラリと並ぶ、街角のビルの半地下にある怪しげなショップ。そこには友達へのプレゼントにとグッズを吟味する女性や友人同士で訪れる客、人目を気にしながら一人で来店する客など、さまざまな客が次々とやってくる。ショップのオーナーは、高級フラットに独りで暮らす謎多き女性カティア。一日の終わりに売上金を届けに通ううち、サロールとカティアの間には不思議な友情が芽生えていくのだった…。

第17回大阪アジアン映画祭の薬師真珠賞や第21回ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルのグランプリを受賞するなど、国内外で高く評価されている本作。そこで、その魅力について、こちらの方にお話をうかがってきました。

センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督

モンゴル・アカデミー賞の常連であり、いまやモンゴル映画界には欠かせない存在となったジャンチブドルジ監督。今回は、性に関するモンゴルの事情や撮影の裏側、そして現代のモンゴルが抱える問題などについて語っていただきました。

―以前から「性」をテーマにした作品を考えていそうですが、アダルトグッズショップ を舞台にしようと思ったのはなぜですか?

監督 確かイタリアだったと思いますが、映画祭に参加するために訪れた際、偶然アダルトグッズショップに入ったのがきっかけでした。「偶然」と言ったのは、モンゴルでは考えられないくらい普通のお店で、働いている店員も自然だったからです。

モンゴルが民主化された1990年以降は、欧米からの新しい文化もいろいろと入ってきたので、アダルトグッズショップもモンゴルにできました。といっても、ほかのヨーロッパ諸国のようにオープンな雰囲気ではありません。ただ、私としてはその差がコントラストとして非常におもしろいと感じましたし、モンゴルではそういう部分をもっとオープンにする必要があると思ったので、今回はアダルトグッズショップを舞台にすることにしました。

アダルトグッズショップは、薬局のようになるべき

―なるほど。ちなみに、本作に登場するお店は、実際にモンゴルにあるアダルトグッズショップをモデルに撮影されたのでしょうか。

監督 現在、モンゴルの首都であるウランバートルには、17軒前後のアダルトグッズショップがあり、撮影前のロケハンではすべてのお店を訪れました。今回はそのなかでも、もっとも大きなフロアがある実際のお店に、赤と黒を基調とした色合いのインテリアデザインを施してから撮影を行っています。

私が若い頃に比べたら、ずいぶんとお店の数も増えたなと感じました。アダルトグッズショップというのは、少数の人が必要とする異質なものではなく、もっと社会のなかに普通に存在してもいいもの。劇中のセリフにもありますが、アダルトグッズショップはポルノではなく、薬局のような存在になるべきだと考えています。

―とはいえ、いまだにモンゴルでは性やセックスをタブー視している傾向があるとか。ただ、観客は30歳前後を境にかなり反応が違っていたそうなので、若い世代の間では徐々に認識も変わってきているのでは?

監督 まず、アダルトグッズに関して言えば、お店だけでなくオンラインでも販売をしているので、オープンになってきていますよね。私は性科学を研究しているわけではないので、あくまでも個人的な印象になりますが、医学的な知識に留まるような社会主義時代の性教育に比べると、いまの中学生や高校生が受けている性教育は水準がだいぶ上がっていると思っています。

私からすると性やセックスの問題に限らず、最近のモンゴルはすべての面においてオープンな社会になりつつあるので、そこはぜひ強調しておきたいです。たとえば、私たちの上の世代がかつては認めていなかった同性愛やトランスジェンダーなどのマイノリティについても、いまは広く受け入れられるようになったと感じています。

民主化以前と以降では、大きな変化がある

―そのいっぽうで自分の意志で選んでいない学部に進学した主人公サロールのように、モンゴルでは学生の7割ほどが親の意向で大学の専攻を選んでいるという話を聞いて驚きました。そうなった背景について、教えていただけますか?

監督 これに関しては、1990年の民主化以前と以降、というのが大きな問題になっていると考えています。まず社会主義時代では、国や単独政党から振り分けられる形で大学の専攻が決められていたので、学生たちには自分で選ぶ権利がありませんでした。

その後、民主化されると自分で専攻を選べるようにはなったのですが、そこで新たに降りかかる問題が貧困。自由になったことで格差が出てきてしまったので、そうなると子どもを持つ親は経済的なことを重視するようになります。そして、「どうすれば子どもが経済的に豊かになれるのか」という観点で物事を考えるようになり、子どもの専攻を親が選ぶ傾向が強くなってしまったのです。そのなかでも、特に経済やビジネスマネジメントを学ばせたいと思う親が多いようですね。

―なるほど。ということは、サロールの親はまさにそれを象徴している姿ということなんですね。

監督 ただ、最近は中間層が出てきたこともあって、「子どもには好きなことを学ばせたい」と考え始める親が増えているのではないかなと。少し豊かになったことで、子ども自身の興味に基づいた専攻を尊重する親が多くなってきている印象を受けています。そういう意味では、サロールの両親はちょっと時代に遅れたところがあるので、どちらかというと批判的に見られがちな人物像として描きました。

若者は、周りともっとオープンな関係を築く必要がある

―サロールはおっとりとした地味目な女の子なので、日本人の女性たちも共感しやすいタイプだと感じましたが、サロールはモンゴルでも典型的な女の子なのでしょうか。

監督 サロールについては、日本を含むアジアにおいて普遍的なキャラクターとして作り上げました。それは家庭のしつけや教育によるものでもありますが、何でもオープンにする開放的な欧米に比べると、どちらかというと内向的なところがありますよね。必ずしも家族と開かれた関係ではないところも、アジア的な性格として表現しました。

―また、モンゴルでは日本と同様に若者の自殺も大きな社会問題もなっているそうですが、13~18歳の若者のうち3分の1が自殺未遂の経験があるという結果が出たこともあったと聞き衝撃を受けました。本作でも、自殺に関する描写がありましたが、どのような意図から描いたのでしょうか。

監督 若い世代の人たちが自殺に走る背景には、自分自身に負けてしまう部分があるのかなと感じています。そうならないためにも、子どもたちには自分の内側にある世界を外に向けて発信してほしいと思いますし、周りともオープンな関係性をもっと築いてほしいです。この作品では、そういったメッセージも込めています。

―若い人たちに、そういった思いが伝わってほしいですね。また、劇中ではカティアの発する言葉がどれも素敵で、書き留めておきたいようなものばかりでしたが、それらは監督がご自身の人生から学んだ格言ですか?

監督 今回、彼女のセリフは相当考えて作りました。というのも、アーティストが話す鋭い言葉として何がふさわしいかということに重きを置いていたからです。そのために、哲学の本をたくさん読み、どんな言葉が彼女から出てくるべきかについて試行錯誤しました。なかでも、自分の人生について告白をするシーンで彼女が言う「幸せというのはそれだけでは何も見えてこない」というセリフが一番好きです。

見た目だけでなく、内にあるものも大事にしてほしい

―とてもいいシーンなので、ぜひ注目していただきたいですね。では、日本についてもおうかがいしますが、どのような印象を持っていらっしゃるのか教えてください。

監督 2010年に、なら国際映画祭にエントリーした際、初めて日本を訪れました。そのときに見た奈良の桜やたくさんの鹿、数々のお寺などが印象に残っていますが、まるで自分の故郷にいるかのような心地よい日々を過ごしたことを覚えています。

あと、日本の若者に対してもすごくいい印象しかありません。というのも、日本に行く前に『蒼き狼 〜地果て海尽きるまで〜』という日本とモンゴルの合作映画をモンゴルで撮影したときに、私は助監督を務めていて日本の方と一緒に仕事をしたことがありました。みなさんいい方ばかりで、いろんなことが勉強になったのを思い出します。いまは、また日本とモンゴルの合作を撮りたいと自分のなかで温めているところなので、近いうちに実現させたいです。

―ぜひ、楽しみにしています! それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 日本の映画やドラマから見た印象で言うと、日本の女性たちは一見とても自由なようで、さまざまな“枠”に囚われている方々が多いとも感じています。もちろん、ファッションなどで見た目を美しく着飾ることも素敵なことです。ただ、それと同時に日本人ならではの秩序やご自身の内側にあるものをもっと大事にしていただきたいなと思っています。

自分次第で、世界は広がっていく!

見たこともないようなモンゴル映画との出会いに心が躍るだけでなく、さまざまな発見と学びも得られる本作。つい固定観念に囚われた生活を送りがちですが、ときには思い切って殻を破ってみることも大切だと思い出させてくれるはず。もっと自分らしく、自由に生きる楽しさを味わってみませんか?


取材、文・志村昌美

続きが観たくなる予告編はこちら!

作品情報

『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
配給:ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/salesgirl/
️(C)2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures