志村 昌美

衝撃! 人気歌手がスパイだった事実を告白…時代に翻弄された男性の真実

2021.5.14
「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、人生には思いがけない出来事がつきものですが、今回ご紹介する映画の主人公もまさにそんな生涯を駆け抜けたひとり。“東ドイツのボブ・ディラン”と呼ばれたシンガーソングライターでありながら、スパイでもあった男の真実を描いた注目作です。

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』

【映画、ときどき私】 vol. 378

ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが消滅した後もカリスマ的な人気を誇っていたシンガーソングライターのゲアハルト・グンダーマン。昼間は炭鉱でパワーショベルを運転し、仕事のあとは仲間とステージに上がっていた。

希望や夢に満ちた自作の歌で人々に感動を与えていたが、実は秘密警察に協力し、スパイとして活動していたという人には言えない過去があった。葛藤する日々を過ごしていたグンダーマンは、友人たちを裏切っていた事実をついに告白。そして、観客の待つステージへと向かっていくことに……。

2019 年の「ドイツ映画賞」では作品賞や監督賞含む 6 部門で最優秀賞に輝き、本国ドイツで大ヒットを記録した本作。そこで、その舞台裏についてこちらの方にお話をうかがってきました。

アンドレアス・ドレーゼン監督

見事な手腕を発揮し、高く評価されている東ドイツ出身のドレーゼン監督。今回は、長い時間をかけて制作された本作の完成までの道のりやグンダーマンの魅力について語っていただきました。

―本作は10年もの時間をかけて作り上げたそうですが、そこまでの過程について教えていただけますか?

監督 まず一番時間がかかったのは、脚本を仕上げることでした。40数年という短い人生を送った人物とはいえ、ひとりの人間がたどった生きざまをたった2時間の映画にまとめるのはやはり大変なことですからね。

今回の脚本を書いてくれたライラ・シュティーラーは、生前のグンダーマンを知っている人、特に妻のコニーと何度も会って話をしながら、どういう物語にするかを考えてくれました。彼が送った壮大な人生のドラマをうまくまとめるためには、それくらい時間を費やしていい脚本にする必要があったのです。

もうひとつ時間がかかったのは、資金集めでした。というのも、助成金に関わる公的機関で委員を務めている人たちは、西ドイツ出身の人が多く、脚本を出した際には「こんな話がおもしろい映画になるとは思えない」と言われたりしたこともあったくらいですから(笑)。そういったこともあり、なかなか助成金が下りず、撮影までに長い時間を要してしまいました。

自分の人生をどう生きていくかを考えてほしい

―ということは、当時を知っている人と知らない人とでは、映画の感想もかなりわかれたのでしょうか?

監督 そうですね。観客のなかでも世代が異なると、作品の受け取り方も違ったようです。私は東ドイツで生まれましたが、ドイツが統一してもう30年以上経つので、昔はどうだったのか思い出せないこともありますけどね。ただ、当時を知らない人たちにとってはこの映画で描かれていることは、別世界のように感じたのかもしれないです。

私としては、若い世代の人たちがこの映画を“哲学的娯楽作品”として受け取ってくれたらいいかなと考えています。「哲学的」といったのは、罪の意識にさいなまれているグンダーマンの姿を見て、「どうしたら人生で罪を犯さずに生きていくことができるのか」ということを感じてほしいからです。

実際、当時の東ドイツで起きていたこういう問題は、なくなったわけではなく、形を変えていまの世界にもまだあるものですよね。なので、観客の方々がこの映画を観たときに、映画を楽しむと同時に自分の人生をどう生きていこうかと考えてくれたらいいなと思っています。

―グンダーマンのように労働者であり、シンガーソングライターであり、スパイでもあるという人物はなかなかいないと思いますが、監督が映画の主人公にしたいと思うほど惹かれたのはどのあたりですか?

監督 私がもともと彼のファンだったということもありますが、彼は本当に人をワクワクさせる人物なんですよね。人間としても、アーティストとしても魅力的だと感じています。あとは、彼の政治的な部分に興味を持っていたというのも大きかったかなと。実際、彼は加害者でありながら被害者でもあるという二面性を持った複雑な立場に置かれていた人でしたからね。

そのほかに惹かれたのは、友人の妻であったコニーに7年間も恋をしていたところ。そういったひとりの女性に対する純粋さも魅力的だと感じました。コニーもグンダーマンとのことは、大恋愛だったと話していたほどです。

グンダーマンの音楽は人の心を開かせる

―資金面で苦労したとおっしゃっていましたが、そういった彼の魅力やストーリーのおもしろさを訴えて、最終的にOKをもらえたのでしょうか?

監督 もちろん主人公であるグンダーマンがどれほど魅力的な人物かということは伝えましたが、委員会の人たちはあまり現実的には受け取ってはくれませんでしたね……。なので、私はいろいろなところに手紙を出しては、この作品を作りたいと訴え、何とか助成金を出してもらうことができました。

結果としては、観客動員数もよかったですし、多くの映画賞を受賞できたので、いまとなっては委員会も助成金を出して正解だったと感じてくれていると思います(笑)。

―間違いないですね。実際にグンダーマンを知る人たちと会ってみて、彼の素顔を垣間見た瞬間はありましたか?

監督 コニーやバンドの仲間たちから聞く話は、知らない事実が多かったので、驚くことばかりでした。先ほども触れたコニーとのラブストーリーもそのひとつ。人妻だったコニーの心を7年もかけて射止めたという話を初めて聞いたときはびっくりしました。

あと、今回のリサーチのなかで興味深かったのは、彼が思いついたことをカセットテープに吹き込んでいたこと。劇中にもシーンとして入れましたが、実際に聞かせてもらうこともできました。そこには、おもに彼の声で歌のアイディアが録音されていましたが、ときにはどこかの電話番号が吹き込まれていたことも(笑)。普通では聞けないような音源で、そこからリアルな情報も得られたので映画を制作するうえでは非常に役に立ちました。ファンとしてもうれしかったですし、まだ彼が生きているかのような感覚も味わうことができて、非常に満足しています。

―グンダーマンの歌が多くの人を惹きつける理由は、何だと思いますか?

監督 彼の音楽の魅力は、人の心を開かせるところ。そして、歌を通して彼の優しい眼差しが見えるところだと思います。だからこそ、彼の歌を聴いていると、精神的に強い力をもらうことができるように感じるのかなと。そういう気持ちが歌にも込められているので、私もほかの人に対して優しく接したいなと思うようになりますね。

周りからのエネルギーが自分にとっての原動力

―そのなかでも、特に歌詞が印象的でしたが、監督が好きなフレーズや曲があれば、教えてください。

監督 気に入っている言葉がありすぎるので、選ぶのは難しいですね。映画のなかで使った曲から好きなものを挙げるとすると、「LINDA(リンダ)」という彼の娘のことを歌った曲が印象に残っています。

というのも、この曲は娘に対しての歌ではありますが、男性が女性に向けるラブソングとして聞くこともできる曲だからです。特に、冒頭の「僕の心に 君が宿った/ 寂しい一軒家に/ ドアも窓も 大きく開けて/ 明るい光が 入るように…」と歌っている部分が好きです。でも、本当に好きな歌が多いので、すべてを言うことはできないくらいですね。

―同じアーティストとして、彼から影響を受けているところはありますか? 

監督 私は普通の生活を送るいっぽうで、グンダーマンと同じようにツアーに出て歌うこともあるので、芸術に携わる人間としても、ひとりの人間としても、いろいろな意味で影響を受けていると思います。

―では、監督にとって創作活動の源になっているものとは?

監督 まずは、自分はひとりではないということですね。一匹狼のようなアーティストの方もいますが、私はそういうタイプではなく、俳優やいろいろなスタッフとチームで仕事をするのが好きなんです。だから今回も、ひとりひとりからエネルギーをもらってこのような作品を作り上げることができました。私にとっては、それが何よりも原動力です。

そして、観た方々には作品から感動を家に持ち帰ってもらえたらいいなと思うので、そういった作品を生み出すことが映画に携わる人間の仕事だと思っています。毎日さまざまな新しい発見をしながら、映画を作っているところです。

―そういった部分が映画作りの魅力でもありますね。

監督 そうですね。映画を作るというのは、本当に人間的な行動だなとも思っています。なぜなら、映画を通して幅広い世代の人たちに物語を伝えており、それはまるで親が子どもに本を読んで聞かせるようでもありますからね。みんなでひとつの映画を仕上げていく作業は、とにかく楽しいので、それがモチベーションになっています。

映画を通じて日本を近く感じることがある

―ちなみに、日本の作品や文化から影響を受けたことはありますか?

監督 もちろん、日本の芸術家からも多くの影響を受けていますよ。映画でいえば、特に黒澤明監督の『羅生門』。こんなにすばらしい作品はほかにはないと思っているほどです。

あと、ほぼ毎年カンヌ国際映画祭に行っているので、そこで日本の映画をよく観ていますが、いまの日本人の日常生活を垣間見れるようないい作品が多い印象ですね。日本の映画を観ていると、自分のなかにも同じようなところがあると気づかされるので、日本をとても近く感じることがあるほどです。だからこそ、それとは逆で日本のみなさんがこの作品をどのように受け止めるのかについては、とても興味があります。

―最後に、日本の観客にメッセージをお願いいたします。

監督 10年以上の時間をかけて作った映画でもあるので、それが日本でも公開されることをうれしく思っていますし、本当に楽しみにしています。「人生というのは、なんて複雑なものなのか」と感じて作った映画でもあるので、みなさんにもぜひそういったことを感じていただきたいです。

ひとりの男の人生から学ぶことがある

東ドイツで最大のスキャンダルとも言われた秘密警察に翻弄され、数奇な運命をたどることとなったグンダーマン。さまざまな感情を味わった彼にしか歌うことのできない力強い名曲の数々とともに、ひとりの人間が経験した愛や葛藤に胸が熱くなるのを感じるはずです。


取材、文・志村昌美

熱量の高い予告編はこちら!

作品情報

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』
5月15日(土)より、渋谷ユーロスペース他全国順次公開
配給・宣伝:太秦
https://gundermann.jp/

© 2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH & Co. Filmproduktions- und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg

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